今日の十角館の殺人はどうかな?
いつかと同じ防波堤に腰かけ、彼は独り暮れなずむ海を見つめていた。
(・・・千織)
彼女の幻影が浮かび上がる。声をかけてみる。けれども彼女は、じっと目を伏せたまま何も答えようとしない。
突然、誰かに肩を叩かれた。
「やあ、久しぶりだね」
人懐っこい笑みをたたえて、痩せた背の高い男が立っていた。
「あの事件から、もうだいぶ経つね。警察じゃあすでに捜査を打ち切ったようだけれども、君はどう思う」
「どうって、あれはエラリイが」
「いやいや、そうじゃかなくって、もっと他の真相がありうると思うかって話さ」
(この人はいったい、何を言おうとしている)
お琴は「今日の1本」に火を点けながら。佇む彼の顔を見上げた。
「紅さんが犯人なんじゃないかって、いつか僕は言ったが、実はあれからまた、暇に任せていろいろと想像の網を広げてみてね、一つ面白いことを思いついたんだ」
(まさか、この人は気づいたんだろうか)
「もうやめましょうよ」
抑揚の失せた声で、彼は言った。
「もう終わったことなんですから、島田さん」
そうして彼は身を翻して、呼び止める男を無視するようにして、子供たちが遊ぶ水辺へと降り立った。
濡れた砂が重く足に絡む。その足元で、何かがきらりと光った。
(これは?)
それは薄緑色の小さなガラス瓶であった。波打ち際で半分がた砂で生まれたその瓶の中には、折りたたまれた何枚かの紙片が見えた。
(ああ、審判、か)
子供たちがそろそろと家路につこうとしている。彼は拾った瓶を握り締め、彼らのほうにゆっくりと歩み寄った。
「坊や、あそこにいるおじさんに、これを渡してきてくれないかい」
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