
今日のNever 7 - The End of Infinityはどうかな?
ルナビーチで全員集合
「へぇ~、こんなところに喫茶店があるんだ」
優夏がそう口にしたのは、商店街に行く途中、砂浜から海岸線沿いの舗装道路に出たところだった。
木造2階建てで、青い三角屋根のかぶったその建物の壁には白ペンキが塗られ、夕日の赤い光を優しく照らし返している。
「センスは悪くないな」と億彦。
入り口の上にかけられた看板には『ルナビーチ』とある。
入り口の扉には『営業中』と書かれたプレートがかかっていた。
「あれ~、もしかして・・・」
建物の裏手から、ホウキを手にした女の子がこっちを見ていた。
彼女はホウキを壁に立てかけると、こちらに駆けよって来た。
「確か、シーフードピザを頼んだ人たち・・・だよね?」
彼女は、お昼にピザを配達しに来た子だった。
「その節はどうも」
億彦もようやく気付いたように、少し引きつった笑顔を浮かべた。
「何?知り合い?」と遥。
「えっと、昼にピザが届いただろ。あれ、この子が届けてくれたんだ」
「そうなんだ~」
優夏が納得したようにうんうんと頷く。
「いつも、御利用いただき、ありがとうございます」
少女はペコリと頭を下げる。そうか、ここで働いているのか。
あれ?遥は?
遥はじっと少女の顔を見つめていたが、なんだが顔色が良くない。
「ねぇ、立ち話ってのはなんだし、ここで少し休んでいこうか?」と、優夏が提案して来た。
「歩き疲れたし、そうしようか」
「うんうん、そうしちゃおう」
億彦と少女は、その提案に賛成のようだ。
優夏「誠はどう?」
誠「ああ、うん、別にいいよ」
優夏「遥もいいよね?」
遥「私はいい・・・帰るから」
優夏「なんで?」
億彦「どうしたの遥ちゃん。どこか具合が悪いの?」
ふるふるとかぶりを振る遥。
優夏「だったら、どうして?」
遥「・・・」
優夏「だったら、いいじゃない。理由もないのに一人で別行動させられないよ。ほら、一応、集団活動中なんだし」
遥「・・・」
億彦「きっと、遥ちゃんも疲れているんだよ。少し休めば気分も良くなるって」
優夏「ねっ、遥」
遥「・・・うん」
少女「とりあえず、みんなOKなんだよね?」
誠「そうみたいだな」
少女「それじゃあ、4名様、ルナビーチにご案内!」
オレ達は少女の先導で、喫茶店ルナビーチの入り口をくぐった。
「お姉ちゃん、お客さんだよ!」
「あら、くるみが客寄せなんて珍しいんじゃない」
カウンターにいた女性が、笑顔でオレたちを迎えて入れる。
年のころは20台前半だろうか。ショートカットにエプロン姿が似合う、家庭的な柔らかな雰囲気をまとった女性だ。
「2人は姉妹?」
「そうだよ。お姉ちゃんとくるみは血を分けた実の姉妹だよ」
気のせいだろうか、遥が、カウンターの女性を見て、ひどく取り乱していたように見えたが、今は無表情で窓の外を見ている。
「じゃあ、あなたのお姉さんがここの店長さんで、2人でこのお店をやっている、っと」
「違う違う。私はただのバイトで、くるみは私の手伝いをしているだけなの。
申し遅れました。私、この店でバイトしている守野いづみと言います。
こっちはくるみ。私の妹で、時々お店の手伝いをやってもらってるの」
「守野くるみです。今、学校がお休みなので、お姉ちゃんのところに遊びに来てるの。お店が忙しい時は、いろいろとお手伝いとかもしてるんだよ」
オレは守野というという苗字に、なにやら奇妙な感覚を覚えた。
やがて、いづみは、本当の店長は今、イタリアまで食器の買い付けに出かけていて留守だ、と説明してくれた。結構ここの店長は凝り性で、食器や材料の買い付けに店を空けることがあり、こういうことはしょっちゅうなのだそうだ。
「だから、実質店長代理ってとこかしら?」
いづみはそう言うと、ニコリと微笑んだ。
店内は外装から想像した通りイタリアンレストラン風の佇まい。カウンター席とテーブル席からなり、所々に置かれた調度品も店の雰囲気とマッチしている。
奥の方に置かれたジュークボックスからは、何十年前にヒットしただろうジャズナンバーが流れていて、店内に穏やかな落ち着きをもたらしている。
海に面した窓からは月浜の海岸が見渡せ、さして広くない店内の奥行きと開放感を与えている。
店の奥のほうに外に出られる扉があり、オープンテラスになっている。
「夜なるとこの店は、レストランを兼ねたバーになるのよ」と、いづみが解説してくれる。
「くるみちゃんは今何年生なんだい?」
あっちでは、億彦がくるみに話しかけていた。
「んとね、3年生」
「中学3年生か。そろそろ高校受験か、大変だね」
「違うよ。中学じゃなくて、高校3年生!くるみ、これでも17歳だからね!」
あんぐりしている億彦とオレの表情に気づいたくるみは、頬を膨らませて抗議する。もしかしたら、くるみは自分の幼げな容姿にコンプレックスを抱いているのかもしれない。
(おいおい、童顔にもほどがあるぞ)
「そういうあなた達は、見たところ大学生って感じだけど?」といづみが言うと、
「そうですね。私たちもちゃんと自己紹介しないと」と、優夏が自分たちのことを話し始めた。
今年から大学3年生だということ、オレ達は同じゼミのメンバーだということ、現在合宿のため近くのロッジに泊っていること、なんかを聞かせる。
やがて、優夏、オレがそれぞれ自己紹介を済ませた。
「で、彼女が・・・」と優夏が声を掛ける。
「・・・」
「おい、遥!」とオレが声を掛けたが、遥はじっと外の風景を眺めたまま、押し黙っている。
「えっと、彼女は同じ班のメンバーの樋口遥。私達よりも1つ年が下なんだけど、飛び級して同学年になったの」
「・・・」
「まあ、ちょっと人見知りが激しいみたいで、こんな風に愛想がないように見えるけど、根はものすごくいい子だから」と、優夏は必死でフォローしているが、遥はそんなことお構いなしといった様子だ。
「わかってる」と、いづみが笑顔で答えた。
「遥さんだね、よろしく」
くるみが遥に握手を求めて、右手を差し出す。
「・・・」
遥はチラリとくるみの方を見たが、再び視線を外に向けた。
くるみは差し出した右手のやりどころに困って、仕方なく頭をポリポリと掻く。
気まずい空気が漂う中、億彦が大声で名乗りを上げる。
「飯田億彦だ!」
「飯田って?」
くるみがぽつりと言った。億彦はピザの配達の時、朝倉と名乗ったいた・・・
億彦もそれに気づいたらしく、硬直している。
「さっきは確か朝倉って?」
「いや、あれは・・・」
その時、突然乱暴にドアが開け放たれた。
そこには、ポニーテールに髪を束ねた一人の女の子が立っていた。
「朝倉ですけど、責任者の方、いらっしゃいます?」
「はい、私ですけど・・・」
「どういうことなんですか?」と大声を出したが、オレ達に気づいて、一息ついた。
「失礼しました。私、朝倉沙紀と申します。別荘地の朝倉家の者です」
「いつも、御利用ありがとうございます」
「注文したピザ、まだですか?」
「何のことでしょう?」
「ピザです!もう何時間経ったと思ってるんですか?」
「何時間ですか?」
「6時間よ、6時間!」
「そんなに待ってたの?」「随分暇な人種もいるものだな」と、オレと億彦が口を開くと、
「あなた達とは話してません。私がいいって言うまで話さないで!いいわね!」
沙紀がジロリとこちらを見た。
- 黙り込んでしまった
- 臆することなく言い返してやる
「何ですって!」
「配達が遅れたのは悪いかもしれないけど、そこまで怒るくらいだったら、もっと早くに連絡してこいよ」
「何も知らないくせに・・・これだから粗野な連中とは話したくないのよ!
さっきも言ったけど、あなたと議論する気はないの!今用があるのは、この店の責任者だけよ!」
「はいはい、わかったよ。でもな、女の子がそんな人を脅すような態度に出るのは良くないと思うな」
「ふん!」
沙紀はオレに一瞥くれると、カウンターに身を乗り出して、いづみに噛みつきだした。
「で、6時間も何をしていたのかしら?」
「待ってましたよ!」
「6時間も!」
「まさか、私だってそんな暇じゃありません!
私だって、あるものだけで我慢してねって言ったわよ。
けど、私がピザを頼んだのちゃんとわかってるのよ、言葉が通じなくても」
「うん、うん」
「仕方ないから、そのまま遊んであげてたのよ!」
「なるほどぉ」
いづみの受け答えを聞いていたくるみが小声で尋ねる。
「お姉ちゃん、ちゃんと話わかってる?」
「いいの、いいの。こういう時は、仕方ないから、話聞いといてあげるの。こういうタイプは喋りたいだけ喋れば帰るから、それまで我慢、我慢。ね?」
「どうして我慢しなくちゃいけないの?」
「だって、こっちが配達間違えちゃったんだから」
「くるみ、ちゃんと届けたよ」
「くるみが間違えてなきゃ何でこうなるの?」
「ひどい、お姉ちゃん、くるみのこと疑ってたの?」
「けど、届いてないって言うんだから」
「くるみ、朝倉さんに届けたんだから!」
あの時のピザか!億彦もそれに気づいたらしく、あたふたしている。
「私がいいって言うまで、話さないで!」と、沙紀がカウンターを叩いた。
「くるみ、絶対朝倉さんに届けたもん!」と億彦を指さした。
「ちょっとどういうことなの、それ?」
- 「いや、だからそれは・・・」
- オレは億彦を庇う気など到底なかった
「ひょっとして、あの朝倉沙紀さん?ほら、中学の時、一緒だった・・・」
「優夏?」
「久しぶり、何年振りだっけ?」
「私がK大の高等部に入ってからだから、5年ぶりね」
「懐かしい。どうしてるの?やっぱりK大行ってるの?」
「もちろん。優夏こそ、こんな島にどうして?」
「大学のゼミ合宿。あの林に囲まれた坂道を登って行ったところにロッジがあって・・・」
「じゃあ、うちの別荘のすぐ近くじゃない?」
二人で話が盛り上がってしまった。
話を聞くと、沙紀は毎年のようにここの別荘に来ているらしい。今回は、2月の試験休みからずっとこの島に来ており、大学が始まるまで優雅に滞在するようだ。
いづみが二人の間に割って入って言った。
「それじゃ今晩、御馳走してあげましょう。二人の再会を祝って」
「そんな、悪いですよ」
「私はピザのことをハッキリさせに来たんだけど」
「だから、そのお詫びも兼ねてってことで。あなたちも一緒にどう?」
オレは返事に困り、遥の方を見たが、遥はすっと目を逸らした。
「ねぇ、食べていきなよ」と言って、くるみがオレの腕を両手を掴んだ。
「せっかく、みんなと知り合えたのに、ここでお別れしちゃうなんて寂しいよ」
「そうよ。遠慮なんてしなくていいから。
それとも、私の作った料理は食べられないってことかしら?」
いづみの目は笑っていない。
「・・・いえ、喜んでご馳走になります」
「じゃあ、そういうことでいいわよね」
「なんだかロッジに帰ってから準備するのも面倒だったし、嬉しいです。
沙紀もいいでしょ?帰り道も一緒だし」
「なら、そうさせてもらおうかしら」
「よし、決まり!
ところで、いづみさん。ちなみにメニューの方は?」
「うーん、そうねぇ。パエリアとイタリアンサラダ、それにパンプキンスープも付けちゃおう!」
気づかないうちにオレは告げていた。
「パエリアは無理だよ、いづみさん。お米、切らしちゃってるでしょ?」
いづみは驚いてカウンター隅の米櫃を調べた。
「本当だわ、あと1合くらしか残ってないみたい・・・」
「あっ、お姉ちゃん、お昼の団体客!」
「すっかり忘れちゃってたけど、あの時のカレー10人前で・・・
でも、誠君、なんでそんなこと知ってるの?」
「いや、ただ何となく・・・」
みんなもオレを不思議そうに見つめている。
「とにかく、早く気づいてよかったよ。作り始めてから気づいたんじゃ遅すぎるもんね?」と、くるみが言うと、みんな頷いた。
「それよりも、今はお米をどうするか?そっちの方が問題だよ」と、くるみが続けた。
「だったら、オレが買って来ようか?」と、オレは真っ先に名乗りを上げた。
「でも、そんなの悪いわよ」
「全然悪くないですよ。いづみさんは準備とか色々あるわけだし」
「じゃあ、申し訳ないけど、お言葉に甘えちゃってもいいかしら?」
「もちろん」
「それじゃあ、私も何かお手伝いしますよ。いづみさんのアシスタントとして、私も1品くらい作ってあげちゃおうっかな、って」
「それは駄目だよ、優夏・・・」
「どうして?」
- 優夏はオレと一緒に買い物に行くんだよ
- 失礼だろ、そんなの
「ほら、オレって米の種類とか、そういうの全然知らないわけで・・・」
「何でもいいんじゃないの?」
「もし間違ってもち米なんか買ってきた来たりしちゃったら、それこそ取り返しのつかないことに・・・
なあ、億彦」
「ごもっとも」
「ねえ、遥」
「うん」
「そういうわけだから」
「何かちょっと引っかかるけど・・・」
「というわけで、さっそく出かけるとするか」
オレは優夏の返答を待たず、彼女の背中をぐいと押して、喫茶店の外へと出て行った。
2人でお買い物
「さあ、行きますか」
「ちょっと待って」
「どうしたんですか、いづみさん」
「ごめん、一つ言い忘れてた。お店の脇に自転車が置いてあるから、それ使って。荷物が荷物だから」
「10キロの米を持って歩くのは、ちょっとしんどいもんな」
「鍵は付いてるから。じゃあ、よろしくね。
あ、あと一つ頼んでもいいかな?あったらいいんだけど、サフランも買ってきてくれない?」
「さふらんって?」
「パエリアに香りと色を付ける調味料だよ」と優夏が教えてくれる。
「それじゃあ、お願いします。
あ、それともう一つ・・・」
オレは夕暮れ時の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込みながら、ゆったりとしたペースで自転車を走らせていた。
背中の近くに声を感じた。
「本当は何で知ってたの?」
「何が?」
「しらばっくれちゃって」
優夏は自転車の荷台に横乗りになっていたが、手はオレの腰ではなく、サドルの下の所を握りしめていた。
「あのお米のこと、なんで知ってたの?」
「本当にわからないんだよ。自分でもなんで知ってたのか・・・」
「ひょっとして実は透視能力があるとか?」
「もし、透視能力があったとしても、米櫃の中なんかわざわざ覗いたりしないよ。覗くんだったら、もっと別のところを覗きたい」
優夏の手のひらがオレの後頭部をはたいた。
「じゃあさ、こういう可能性は?
『いづみさんがお米がないことに気づいて慌てふためく』みたいなことを、誠は知っていた、とか・・・
つまり予知能力!」
その言葉を聞いたオレは、脳裏にある鮮明な光景がよぎった。
月浜で遥を抱き起したあの光景。確かにオレは、遥が転ぶ前に遥が転ぶ様子を目撃していた。遥が転ぶことを事前に知っていた。
「そんなわけないかぁ。そろそろ本当のこと、しゃべってもらいましょうか」
その後、商店街に着くまで優夏はしつこく同じ質問を繰り返した。
「お米とサフランと生クリーム・・・これで全部だよね?」
地面の置かれたドデカイ買い物袋の中身を確認しながら、優夏が言った。
いづみが最後に追加注文したのは生クリームだった。
「それじゃあ、戻りますかぁ」
「ああ、みんな待ってるしな」
オレはそう言って、買い物袋を自転車のカゴへと押し込んだ。
オレは、優夏を連れて来たことを後悔していた。
優夏の体重は決して重くはないのだが、10キロの米が加わったことによって、オレの大腿筋への負荷が尋常じゃないほど苛烈なものになっていた。
「がんばって」と後ろで優夏が声を掛ける。
- ったく、呑気なもんだ
- 「重い・・・降りてくれ・・・」
「いや、そうじゃなくて・・・」
誤解のないように説明しようとした時、前方に小石が現れたので、オレは急ハンドルを切って小石を避ける。
後輪がずるりと滑って、ドリフト状態になり、危うくバランスを崩しかける。
「もう、危ないなぁ!」
優夏をそう言うなり、オレの腰に両腕を回してきた。
今、オレの背中には2つの柔らかな膨らみの感触がある。なんだかやけに体中が熱かった。
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