今日の十角館の殺人はどうかな?
アガサの目が覚めたときにはもう、昼が近かった。
昨夜ベッドに入ったのは、午前3時を過ぎてからだった。
身支度をして、洗面具と化粧品の入ったポーチを持って部屋を出た。
人気のない十角館のホールは、もう正午だというのに相変わらず薄暗く、中央のテーブルだけが白く浮かび上がって見えた。
アガサはまっすぐに洗面所に向かい、手早く洗面と化粧を済ませた。ホールに戻ると、テーブルの上に散らかったままのカップやグラス、吸い殻でいっぱいの灰皿を片付けにかかる。
視界の片隅に何か赤いものが引っ掛かった。
第一の被害者
どこかで物音がしように感じて、次の瞬間、アガサはありったけの悲鳴を上げていた。
背後のドアが勢いよく開き、真っ先に飛び出して来たのはカーだった。棒立ちになったアガサを見つけ、次に彼女が凝視しているものに目をやると、「誰の部屋だ」と怒鳴りつけるように問いかけた。
赤い文字のプレートは、ドアの名札を覆い隠すように貼り付けられているのだ。
十角形を取り囲んだドアが次々に開いて、他の者たちが飛び出してきた。
「誰の部屋だ、アガサ」とカーが繰り返した。
「オ、オルツィの」
「何ぃ」
弾かれたようにそのドアに駆け寄ったのはポウである。
鍵はかかっていなかった。
呆気ないほど素直に、ドアは開いた。
「オルツィ!」
咆哮のように叫ぶなり、ポウは室内に踊り込んだ。
「なんてこった、オルツィ・・・」
顔にかぶせられたカーディガンを力尽きたような重い手付きで持ち上げると、ポウは幅広い方を小刻みに震わせた。彼に続いて部屋の入口まで押し寄せ、そこで立ちすくんでいた他の5人が、それにつられて雪崩れ込もうとする。
「来ないでくれ。頼む。この顔は見ないでやってくれ」
オイウは両手を挙げ、哀願するように皆を制した。
「出よう、みんな」と、ポウは仲間たちを振り返った。
「ここは現場だ。鍵を掛けて置いたほうがいい。鍵は?」
「ここだよ」
いつの間にかそこまで足を踏み入れていたのか、エラリイが窓際の机の上からそれを取り上げた。
「窓の掛け金を外れているが、どうする」
「掛けて置いたほうがいい。出るぞ、エラリイ」
「ねえ、オルツィは?」とヴァンが尋ねた。ポウはエラリイから受け取った鍵をぎゅっと握り締め、押し殺した声で答えた。
「死んでる。絞殺だ」
「嘘っ」
アガサが小さく叫んだ。
「本当だ、アガサ」
「そんな。ポウ、オルツィに会いたいわ」
「それは駄目だ」
ポウは目をつぶり、苦し気に首を振った。
「オルツィは絞め殺されているんだ、アガサ。頼むから見ないでやってくれ」
アガサはすぐに、ポウの真鍮を理解した。絞殺死体の凄まじい形相のことを、彼は言っているのだ。彼女はこっくりと頷くと、促されるままに部屋を出た。
蟹のような図体が横から割り込み、彼の胸を押しのけて立ちはだかった。
カーだった。
「俺たちはある意味じゃあ、殺人事件の専門家なんだぜ。もっと詳しく現場と死体を調べさせろよ」
「馬鹿野郎」
ポウは顔色を蒼白に変え、全身を震わせて怒鳴った。
「お前は仲間の死を、自分の慰みものにする気か。警察に任せるんだ」
「なに寝言言ってるんだい。警察がいつ来る?どうやって知らせる?あのプレートを覚えているだろうが。ふん、刑事さんたちがお出ましになる頃にゃあ、『殺人犯人』と『探偵』以外はみんな殺されちまってるって話じゃないのか」
ポウは取り合わず、無理にでもドアを閉めようと力を加えたが、その腕を、カーの節くれだった黄色い手が、再びやんわりと押しとどめる。
「次はおたくが殺されるかもしれなんだぜ。それとも自分だけは殺されないって自信でもあるのか。そんな確信が持てるのは、犯人だけのはずだがね
「何だと?」
「おやぁ、図星かい」
「貴様!」
「よせよ、二人とも」
ヴァンがカーの腕にとびかかり、ドアの横へ引きずり出した。
「見苦しいな、カー」
いつの間にか厨房に行ってきたのか、残り6枚となった例のプレートを手に、エラリイは言った。
「ポウが正しい。残念ながら、ね」
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