今日の十角館の殺人はどうかな?
「馬鹿げてますよ」
「ルルウ」
「人殺しだなんて、冗談じゃない。悪い夢なんだ、きっと。何かの間違いに決まってる」
「ルルウ、やめてちょうだい」
甲高いアガサの声に、ルルウは丸め込んでた肩を震わせ、のろりと顔を上げた。
「すみません」弱々しく呟いて、再び今度は押し黙って下を向いてしまう。
6人はホールのテーブを囲んで座っていた。
「オルツィは殺したのはだあれ」
ローズピンクに彩られた唇から、呪うように吐き出されたアガサの問いかけは、冷え冷えとした空気を細かく震わせ尾を引いた。
「私が殺した、とは誰も言わないさ」とエラリィが応じた。
「犯人はこの中にいるんでしょ。この6人の中に」
「それでも名乗りでるくらいなら、誰も人殺しなんかするものか」
「でも、エラリィ」
「分かってるよ。アガサ、分かってる」
エラリィは拳で軽くテーブルを叩いた。
「僕らはやはり、犯人を知らなきゃならない。どうだろう、ポウ。知りえた事実を発表してくれる気はないかい」
いくばくかのためらいを見せた後、ポウは厚い唇を引き締め、深くうなずいた。
「さっきも言った通り、彼女は、オルツィは、首を絞められて死んでいた。首には、どこにでもあるようなナイロン製の紐が巻き付いたままで、その下にはくっきりと索痕が残っていた」
「抵抗した形跡は?」
「なかった。眠っているところを襲われたのか、不意を突かれたのか、どちらかだろう。頭を殴られた痕は見られなかったから、事前に昏倒させられらのではない。ただ、一つ解せないことがあって」
「何だい、それは」
「オルツィの死体には左手首から先がなかった」
「何だって?」
「どういうことなの、ポウ」
「だから、左手が切り取られていたんだ」
騒然とした場を、ポウはゆっくりと見渡した。
「ナイフか包丁か、何か大ぶりな刃物を使ったらしい。犯人はかなり苦労してはずだ。切断面はひどいもんだった」
「当然、殺したあとで切り落としたんだろうね」とエラリイが言った。
「そう考えてまず間違いあるまい。心臓が動いているうちに切ったのなら、あの程度の出血では済まなかったはずだからな」
「それらしき刃物は、あの部屋には見当たらなかったね」
「ああ、切り取られた手首から先も、僕の見た限りではなかった」
「犯人が持ち去った、か」
エラリイは、しなやかな指を固く組み合わせながら、自問するように呟いた。
「なぜ、犯人はそんなことをしたのか」
「頭がおかしいのよ」
アガサが声高に言った。
エラリイは軽く鼻を鳴らし、
「よほど悪ふざけの好きな奴だな。見立てだよ、これは。犯人はね、去年この島で起こったあの事件に見立てたのさ。
青屋敷の四重殺人事件。被害者の一人である中村和枝は、絞殺されたうえ左手を切り取られていた」
「けどエラリイ、どうしてそんな」
「見立ての意図がどこにあるのか、かい?さて」
エラリイは肩をすくめた。
「とりあえず先に進もう。ポウ、死亡時刻は推定できるかい」
「死斑は軽微だった。脈をとってみた時、死後硬直の始まっているのがわかった。握り締めた右手の指をわりあい容易に広げることができたから、硬直は関節までは及んでいない。あと、血液の凝固状態を考え合わせると、そうだな、死後4時間から5時間。死亡したのは今朝の7時から8時ごろ。幅を持たせて、6時から9時といったところか。こいつはあくまでも素人の意見なんだから、鵜呑みにして盛られては困る」
「信用できるさ」
猿のように歯をむき出してカーが笑った。
「大病院の後継ぎ息子にして、K大医学部きっての秀才がおっしゃるんだからな。むろん、そのご当人が犯人じゃないとしてのことだがね」
ポウは黙したまま、カーのほうには一瞥もくれなかった。
「今朝の6時から9時、自分のアリバイを主張できる者はいるかい」
エラリイが皆に問いかけた。
「何か事件に関連して、気づいたことのある者は?」
答える者はいない。
「じゃあ、動機に心当たりのある者は?」
ルルウとヴァン、そしてアガサの視線が、カーの顔をそろりと窺った。
エラリイが突き放すような調子で言った。
「どうやらカーだけのようだね」
「何だと?何で俺が」
「振られたんだろう、オルツィに」
カーはうっと声を呑んで、血が滲まんばかりに唇を噛んだ。
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