チラシの裏~弐位のゲーム日記
社会人ゲーマーの弐位のゲームと仕事とブログペットのことをつづった日記

 今日の十角館の殺人はどうかな?


 角島の十角館で6人の死体が発見された翌々日の4月2日水曜日の昼下がり、K大学のキャンパス2階にあるミステリ研究会のボックスに、都合のついた会員たちが10名ばかり招集された。
 その中には、元会員の江南孝明も混じっているが、担当警部の実の弟である島田潔の姿は見られなかった。
 (遠慮したんだろうか)
 守須恭一はちょっと不安を感じたが、すぐにそれを打ち消した。
 島田警部は部下を2名従えて、定刻にはいくらか遅れて到着した。
 丁寧な挨拶を述べてから、おもむろに本題に入っていった。
 「角島で亡くなった6人の名前をもう一度、繰り返しておきましょうか。山崎喜史、鈴木哲郎、松浦純也、岩崎杏子、大野由美、それから東一」
 その声を聞きながら、守須は6人の顔を思い浮かべていた。
 (ポウ、カー、エラリイ、アガサ、オルツィ、そしてルルウ)
 「この6人のうち、5人は火災当時すでに死亡していたものと思われます。大野と東が、それぞれ絞殺と撲殺。山崎、鈴木、岩崎の3人は毒殺の疑いが強い。残る一人である松詩は、火災発生時にはまだ生きていたわけですが、これが部屋に灯油をまいた上、自らもそれを被って焼身自殺を図った模様なんですな。
 3人に対して用いられたとおぼしき毒物の入手経路にしても、松浦の親戚がO市で大きな薬局をやっていて、彼がそこによく出入りしていたという事実がある。その辺から説明がつきそうでして、我々としては目下のところ、そういった見解を取っています。
 ただ、どうにも動機が掴めんのですな。そこで今日は、皆さんにもお話を伺おうと思いまして、こうして集まってもらった次第です」
 「誰かほかの人間の仕業だとは考えられないんでしょうか」
 「それはちょっと考えられませんな」
 警部があっさりと否定するのを聞いて、守須は思わず漏れそうになる安堵の息を呑み込んだ。
 「まず何といっても、松浦純也が自殺しているらしいということ。加えて、5人の殺害方法及び死亡推定時刻に、ひどいばらつきがある。あのあたりの海は、漁船も滅多に通らんところだとは聞きますが、何者かがこっそり船で乗り込んで、3日以上も時間をかけて大量殺人を行ったとは、常識的に考えられんでしょう」
 「ですけど、警部さん」と言い出したのは、江南だった。
 「去年の青屋敷の事件では、よく似た状況で焼死した中村青司について、他殺の判定が下されたんでしたよね」
 警部が象のような目をじろりと剥いた。
 「あれが他殺と判断された最大の理由は、言ってしまえば、行方不明になった庭師の存在だったんですな。島にいるはずの人間が一人いなくなったわけだから、疑いはおのずとそちらに向けれらた。
 ところが今回、焼け落ちた十角館に秘密の地下室のようなものが見つかって、そこから男の変死体が出てきたんですよ。死亡時期や年齢、体格からして、どうやらその庭師らしい」
 「なるほど」
 「従ってここで、昨年の角島事件は急遽、その解釈の変更を余儀なくされることになったわけです。すなわち、中村青司の死は実は焼身自殺で、事件全体は彼自身が企てた一種の無理心中だったのではないか、と」
 警部は江南と守須に意味ありげに目配せをして、
 「これを裏付けるような新事実が、ある筋から出てきてもいるのでね」
 島田潔が話したのか、と守須は思った。
 いや、彼は、自分の知った事実や自分の考えを警察に知らせるつもりはないと明言していた。だとすると。
 「もしかして、中村紅次郎氏の口から真相が伝えられた?」
 「それはともかくとしてですな」
 島田警部はざっと一同の顔を見渡した。
 「この中で、彼ら6人が角島に行くのを知っていた方はどれくらいおられますか」
 守須と江南の2人が手を挙げた。
 「君達だけか。で、今度の角島行きを提案したのはそもそも誰だったのか、わかりませんかな」
 「そういう声は、前々から彼らの間であったんです」と守須が答えた。
 「そこへ今度つてができて、十角館へ泊れることになったものですから」
 「つて?と言うと」
 「僕の伯父の巽が不動産業を手広くやっていて、前の持ち主からあの建物を買い受けたんです。そこで僕は、何だったら伯父に頼んでやってもいいぞ、と」
 「巽昌章氏ですな。彼の甥っ子というのは君のことでしたか。なのに、君は一緒に行かなかった?」
 「半年前にあんな悲惨な事件があった場所なんて、とても行く気になれなかったので。連中は喜んでいましたけどね。それに部屋数の都合もあって」
 「部屋数?客室は7つだったという話だが」
 「実際には6つしかなかったんです。伯父に聞いてもらえばわかりますが、一つは到底使える状態じゃなかったんですよ。雨がひどくもって」
 あの部屋はには、造り付けの棚以外のものは何もなかった。染みだらけの、今にも落ちそうな天井。床の一部が腐って穴が開きかけていた。
 「では、6人の中で、なんと言うか、旅行の幹事は誰だったんです」
 「僕はそういうわけで、ルルウ-失礼、東のところへ話を持って行ったんです。ただ、彼はいつも松浦を相談役にしていました」
 「東と松浦の2人ね」
 「そういうことになります」
 「個人の荷物の他に、食料だの毛布だのが持ち込んであったようだが、あれはどうやって?」
 「伯父が手配してくれたのを、僕が手伝って運びました。連中が島へ渡る前日に、漁船を出してもらって運んでおいたんです」
 「一応その確認はさせてもらうからね」
 だぶついた顎を撫でまわしながら、警部は再び一同を見渡した。
 「ところでどなたか、松浦純也が今回の犯行に及んだ動機について、心当たりのある方はおられませんかな」
 ざわざわと声が飛び交い始める。自分のそれに加わりながら守須は、心の中ではまったく別の思いを巡らせていた。
 白い顔。
 強く抱きしめればすぐに壊れてしまいそうな、華奢な体。
 俯いた首筋に滑る長い黒髪。
 いつもかすかな当惑を浮かべていた細い眉。寂し気に伏せた切れ長の目。
 そっと笑みを含んだ小さな唇。子猫のような、か細い声。
 (千織)
 研究会の仲間にも他の友人たちにも、誰にもそのことを知らせなかったのは、別に隠していたのでも恥じていたのでもない。ただ二人が、どうしようもなく臆病だったからだ。他人に知られることによって、自分たち二人だけの、ささやかな小宇宙が壊されてしまうことを恐れていたのだ。なのに・・・
 すべてがあの日、突然に打ち砕かれてしまった。
 父も母も妹も昔、同じように突然に連れ去られてしまった。見ず知らずの他者の、強引で身勝手で残酷な手が、家族という暖かなものを何の断りもなく、遠い手の届かぬところへと攫っていってしまった。そして、やっと見つけた千織という大切なものまでが、あの夜また・・・
 無理な飲み方をするような娘では、決してなかった。自分の心臓が弱いこともよく承知していた。きっと、酔って正体をなくした連中によって半ば無理じいされ、強く断るわけにいかず、その挙句に、彼女は彼らに殺されたのだ。
 「守須」と隣席から江南が声をかけてきた。
 「何だい」
 「ほら、例の手紙の件は?」
 「ん?何ですかな」
 二人のやり取りを耳に留めて、島田警部が問うた。
 ポケットから例の封筒を取り出しながら、江南が答えた。
 「連中が島へ出発した日に、こんなものが届いたんです。僕と、それから守須のところにも」
 「中村青司からの手紙、ですか」
 「はい」
 「君達にも来ていたのか」
 警部は江南が差し出した封筒を受け取り、中身を検めた。
 「被害者たちの家にも、松浦を含めてだが、まったく同じものが届いていましてね」
 「これは、島の事件とは無関係なんでしょうか」
 「まず別口の悪戯だとみるのが正解でしょう。いくらなんでも送り主が死人じゃあねえ」
 島田警部は黄色い歯を見せて苦笑した。
 守須はそれに付き合うように口元を緩め、一方で静かに回想の中へと沈み込んでいった。

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