今日のひぐらしのなく頃に粋はどうかな?
祟殺し編 #15 全ての破綻
沙都子を背負った圭一は入り江診療所に辿り着くが、駐車場には3台くらいのパトカーが止まって回転灯を回している。
近くの茂みに沙都子を下ろした圭一は、様子を見に行く。
警官と、昨日監督が紅茶を入れるよう話をしていた医師が話し込んでいる。
「じゃあ、最初に見つけたのは朝当番のあなただったと。どんな感じだったんです?」
「事務室の所長席のソファーに座って、居眠りしているように見えました」
「で、机の上に水差しと空き瓶になった睡眠薬があったんで、あなたはすぐに睡眠薬で自殺したんだと考えた?」
「高熱と瞳孔の拡大に重度の意識障害も見られました。睡眠薬中毒の典型的な重症例だと思いましたので、ただちに対応に入りました」
「警察も救急も呼ばずに?」
「ここは病院で、私は医師ですよ!生命が危険な状態にあるなら、直ちに治療して同然です!呼吸が不正常だったの人工呼吸を施しました」
「あーはいはい、いろいろ頑張ったけど、結局ダメだったと。通報は死んでから直ちに?」
「はい、救うことができず、とても残念です」
その時、パトカーの無線機がザーザーと鳴り、割れた機械的な声が聞こえてきた。
「こちら本部こちら本部。小宮山さん、聞こえますか、どーぞー」
「もしもし、小宮山です。睡眠薬での自殺みたいですね。遺書の類はなし」
診療所で誰かが自殺したようだ。
圭一が死ねと望んだら、その翌日に鷹野は死んだ。
そして、圭一は、入江に死ねと昨日願った。
「普段から睡眠薬を常用していたとかは?」
「あまり知りません」
「日頃、疲れたとか死にたいとか、そんなこと言ってました?」
「入江先生は普段からああいう性格でしたから。とても、そんな風には・・・」
自殺したのは入江だった!
『俺が死ねと望めば人が死ぬ、そういう世界なんだ。なら大石は?もしも本当に俺に意思で死んだなら、あの男だってどうにかはっているはず』と圭一が思っていると、さらに無線が入ってきた。
「そちらに応援が向かいました。課長から、そちらは応援に任せて大石車の捜索に戻れとのです」
「了解しました!じゃあ、すみません。こっちに今、応援が来てるそうですから、現場はこのままにしておいてください」
警官たちが、パトカーにそれぞれ分乗する。
『大石車の捜索ってことは、あいつ、行方不明なのか!鷹野さん、監督、大石・・・俺が望むと、次の日には消える。俺の口から出た呪いの言葉は成就される』
ぺた、という足音が聞こえた。
しかも、それは一度だけでなく、ぺたぺたと背後から近寄ってきて、圭一の後ろに立った。
「一体、何事なんですの」
「うわあああ!沙都子か。脅かすなよ。具合はどうだ?」
「まだ、頭が痛いですけど、いつまでもこんな格好で表にいられませんもの。それより、これは一体。何事なんですの。今、警察が話しているのを聞いてた限りじゃ・・・」
「監督が自殺したらしい」
「え・・・」
「入江先生が睡眠薬で自殺した、ってそう聞いたよ」
沙都子はその場に膝を突き、泣き崩れる。
「嘘ですわ。あの監督が、自殺なんて、そんなの絶対に・・・」
しばらくすると落ち着いたのか、沙都子は涙をぬぐいながら立ち上がった。
罪悪感を覚える圭一は、沙都子に「すまない」と謝った。
「どうして、謝りますの?」
「俺、昨日、監督と、その・・・喧嘩して。お前なんか死んじまえって呪ったんだ。呪ったから本当に死んじゃって・・・」
「圭一さんのせいではありませんわ。監督も大人ですもの。自分の命を捨てるに値する都合があって、悩んだ末に選んだんですもの。誰の所為でもありませんわ。・・・いつまでもこのままでいたくありませんわ。服が欲しい」
沙都子は、自分の家に戻ろうとしたが、朝の通勤通学の時間になり、人が出歩いているのを見て、思いとどまった。
「梨花の家に行きますわよ。私の服、あるはずですから」
俯いたままの圭一に沙都子が声を掛ける。
「どうしたんですの?監督はああ見えても大人なんですのよ?圭一さんと喧嘩したくらいで自殺するような人ではありませんわ。自分を責めるのはおよしなさいませ」
「この数日おかしいんだ。一昨日の綿流しのお祭り、お前は途中で帰ったから行かなかったんだよな。そして、俺は祭りに行って、みんなと遊んだ」
「らしいですわね。あの時は取り乱して申し訳ありませんでしたわね」
「実は俺、祭りに行っていないと言ったら、信じるか?」
「信じられるわけありませんわ」
「信じられないだろ?信じられないは俺も同じなんだ。だって、俺は祭りに行っていないのに、俺が祭りに現れてみんなと遊んだ、って言うんだ。こんなの信じられるわけないだろ?」
「それ、本気ですの?」
「ああ。あの綿流しの夜から、おかしいんだ。いつの間にか、変な足音がぺたぺたと付いてくるようになって」
「足音が、ぺたぺた?」
「最初は気のせいだだと思ってたけど、ずっと付いてくるんだ。綿流しの日、俺は祭りに行かず、あることをしていたんだ。眠ったり意識がなくなったりしたことはなかった」
「それはおかしいですわね。なら、どうやってお祭りで遊んだんですの?」
「だから!俺は祭りには行ってないんだよ!!あ、ごめん。みんなが信じてくれないんで、つい」
「圭一さんがそう言うなら、信じてあげますわ。それで?」
「あの夜、鷹野さんに会ったんだ。それで、見下されたと思って、俺は心の中で念じたんだ。お前なんか死んじまえって」
「鷹野さんって、どことなくそういう雰囲気がございますものね。その気持ち、わからなくもありませんでしてよ」
「鷹野さんが死んだの、知ってるか?昨日の話だ。どこかで焼け死んだらしい」
「それ、本当ですの?」
「俺が死ねと願うと、次の日には死んでるんだ。それから警察の大石ってヤツも!さっき警察が話してるのを聞いたんだが、どうもあいる、行方不明になってるらしい。実は昨日、あいつにも、死んじまえって念じてたんだ」
「それ、本当の話ですの」
「嘘じゃない。俺だって信じたくないけど、本当の話なんだ!鷹野さんも監督も大石も、俺が死ねと念じたら、本当に死んでしまったんだ!」
「をほ、をっほっほっほっほ!それは怖い話ですわね。圭一さんに、せめて嫌われないように気を付けませんと・・・」
「それだけじゃない。もっと、おかしいこともあるんだ。それはお前の叔父なんだ」
「叔父様の話は、やめて下さいましな」
「昨日、居たんだろ?お前に家に」
「あの人の話はやめて下さいます?」
「ありえないんだ。あいつが、いるわけないんだ」
「嫌!嫌あああ!」
「あの男が綿流しの夜以降、いるわけがないんだ!だって!」
「あの男のことはもう嫌なんですのおおおお!」
「俺が殺したんだ!!!この手で!!!俺が綿流しの夜に、お前の叔父を殺したんだ。だからお前の家に帰ってくるなんてことは、ありえないんだ。でも、帰ってきてる!そんなことは、ありえてはいけないのだ!だから俺は、あの男を確かに殺したという証拠を確かめるために、埋めた死体を昨日、掘り返したんだ。だが、そこには死体はなかった。そして、何事もなかったかのように帰宅して、お前の前に!こんなことが、あっていいはずないだろ!お前も、俺のこと、頭が変になったって思ってるんだろうな」
「圭一さんはきっと、偶然、呪った人が死んでしまったんで混乱してるだけに違いありませんわ。監督の自殺にショックを受けて、気が動転しているだけなんですのよ。今日はもう、学校を休んでおうちで休んだ方がよろしいと思いますわ」
沙都子の顔に浮かぶ嫌悪感から、圭一とこれ以上一緒にいたくないがわかった。
「沙都子をちゃんと診療所まで見送ったら、俺も帰る」
「わたくしはもう本当に大丈夫なんですのよ!男の人に、いつまでもこんな姿を晒していたくないんですのよ!」
境内の階段によろめき、転びそうになった沙都子に駆け寄った圭一だが、沙都子はすぐに圭一から飛びのいて離れる。
階段を登り切った頃には、圭一は無視されていた。
梨花の家は、町会の防災倉庫だ。
境内にある集会所の裏をもう少し行くとあるとのこと。
バサバサという鳥の羽ばたく力強い音が聞こえたので、振り向くとカラスだった。
社の賽銭箱の辺りにカラスが何羽か群がっているのが見えた。
圭一は、カラスの群がるそこへ駆け出した。
圭一が猛然と迫るのに気づき、カラスたちは飛び去った。そして・・・
「うわあああ!」
沙都子が何事かとやってくる。
梨花が、仰向けになって、大の字になって倒れていた。
沙都子がその場に泣き崩れた。
梨花は、腹を縦に引き裂かれていた・・・
誰かがどこかで梨花を殺して、ここに運び、大の字に寝かせてから、腹を裂いたのだ。辺り一面は、赤黒い血の海・・・
『俺は梨花ちゃんまで死ねなんて、願った覚えは一度だってないぞ』
「俺じゃない、俺じゃない」
圭一がよろよろと後退った時、新聞紙を踏みつけた。
その新聞紙は、圭一が自分の鉈を包んでおいたものだった。
沙都子を背負うため、圭一はずっと新聞紙を巻いた鉈をベルトに差していたのだ。その新聞紙が抜け落ちたのだ。
新聞紙を拾ったとき、沙都子が信じられない形相をして硬直していた。
「落ち着け沙都子。これは違うぞ。俺じゃない」
「ひと・・ごろし・・・嫌ああああ!!」
沙都子はヨロヨロと逃げ出した。
「待ってくれ、沙都子!違うんだ!」
沙都子の足取りは弱弱しかったので、圭一は追いついた。
「鷹野さんを殺して、監督を殺して、大石さんも殺したんでございましょう?叔父様を殺そうとして、梨花まで!人殺しいいい!」
「違う!俺じゃない!俺は殺してなんかいない!」
「何を言ってるんですの?あなた、さっき自分で言ったじゃありませんの!死んでしまえって!それで、みんな死んでしまったんでしょう?」
「俺は、死ねって思っただけで、別に・・・」
「自分で何をしたか、記憶に残っていないんでございましょう?そんな人の話なんか信用できるわけありませんわ!人を殺した時の記憶が、欠落してるだけなんじゃありませんの?いや、記憶がないふりをしてるだけじゃありませんの?第一、その鉈は何なんですのよ!」
「これは・・・」
「ほらほら!圭一さんは、殺人鬼じゃありませんの!どうしてですの?一度は本当のにーにーかもしれないとまで思ったのに・・・」
『少なくとも、沙都子の叔父を殺した!死体はないが、でも殺した!間違いなく!鷹野さんの死は除くとしても、監督と大石に限っては、完全に確信犯なのだ!俺は沙都子の言う通り、殺人鬼なんだろうか。この雛見沢では、ありえないという言葉こそ、ありえないんだった』
沙都子はいつの間にか、泣きながらヨロヨロと歩いていた。
「どうして、こんなことになってしまったんですの・・・にーにーがいなくなって、ずっと寂しかったけど、圭一さんが転校して来てくれて、また、みんな明るくなって・・・楽しくなって、毎日が光っていたのに・・・どうして、こんなことに!」
やがて沢のせせらぎが聞こえてきた。森が開け、吊り橋が姿を現した。
沙都子は、フラフラと危なげに渡っていく。
圭一も吊り橋に差し掛かった時、橋が大きく揺れ、沙都子はよろめいてその場に転んでしまった。
「大丈夫か、沙都子!」
「近寄らないで!この人殺し!どうして、こうなってしまったんですの?圭一さんのこと、大好きだったのに・・・」
沙都子に近寄って手を差し出してやりたい圭一だが、これ以上近づくと沙都子は叫び出すので、もう近寄ることができない・・・
「梨花ちゃんを殺したのは、俺じゃないんだ。それだけは絶対に・・・」
「いい加減なことを言わないでほしいですわ!自分の記憶に自信が持てない人が、何を言ったって、どう信じればいいって言うんですの!!」
「沙都子、信じてくれ。俺は人殺しじゃない」
「では、その鉈は何なんですの?」
「この鉈が怖いのか?じゃあ捨てるよ。それなら安心だろ?」
圭一はそう言って、ベルトから鉈を抜き、橋から下の沢に落とした。
「捨てたぞ。これで話を聞いてくれるな」
「武器を捨てたくらいで、気を許しと思いまして?私を素手で絞め殺すなんて簡単でしょうに」
「じゃあどうしたらいい。両手を頭の上に組んだらいいか?」
「そうですわね。両手を頭の上に組んで、後ろを向いてくださいます?」
圭一は快諾した。
「これでいいか?俺の話を聞いてくれ」
沙都子は、慎重に圭一の背中に近づいてきた。
「圭一さんが悪くないのは、何となく、薄々わかっていましたわ」
「え?」
「多分、あなたは何か悪いものに乗り移られただけなんですの。圭一さんが、人殺しなんかするわけない。圭一さんの体を何か悪いものが乗っ取って、悪事に駆り立てただけ。あの人たちも、圭一さんと同じものに乗り移られていたのかもしれない」
「沙都子?何の話だ?」
「わかってるんですの。身に覚えがないわけじゃないんですのよ。何年も前のことですわ、祭具殿の屋根によじ登ったことがありますのよ。」
沙都子は、境内でかくれんぼをしているとき、近寄ってはいけないと言われていた祭具殿の屋根によじ登り、身を隠した。
そこで、沙都子は、通気窓の隙間から中に入れることを知ってしまう。
沙都子にとって、祟りという言葉は充分怖いものだったが、未知の祭具殿の中への好奇心の方が強かった。
通気窓のは外れかかった格子を外し、中に飛び降りた。
が、期待外れのとてもつまらない倉庫であることを知った。
外に出ようとしたが、扉は外から厳重に閉められて、内からは開けられない構造になっていた。
外に出るには、入ってきた通気窓からしかない。だが、その通気窓は高く、とてもではないが、よじ登れそうになかった。
天井にはたくさんの鳥かごみたいなものが鎖で吊るされていた。その吊ってある鎖は壁を伝い、垂れ下がっていた。
やるしかない。
鎖の束をよじ登る。そして、通気窓に手が届いた、という時、鎖の束を壁に固定したいた金具が飛び、鎖の束がものすごい音を立てながら暴れ狂ったが、沙都子は通気窓から屋根の上に抜けることができた。
暴れた鎖の束の重みか何かで、他の金具を壊れ、吊ってあった大きな鳥かごのひとつが、ものすごい音を立てながら落下した。
その下にオヤシロさまの御神体があり、片腕をもぎ取って、さらに周りの祭具を下敷きにした。
その凄まじい音は境内にも聞こえたようで、何人かの子供たちが集まってきた。その中には梨花の姿もあった。
そして、梨花の父親の神主さんも形相を変えて走ってきた。
祭具殿に入れるカギの所在を知っているのは梨花だけなので、梨花の父親は、梨花がかくれんごでこの中に隠れていたずらしたからこうなったのだろう、と見ていて怖くなるくらい、すごい剣幕で梨花を叱り、梨花の背中を剥き出しにして、お祭り用の杖みたいなもので何度も打ち据えた。
その時の、梨花の「ボクじゃないのです。ごめんなさい」という哀れな声が今でも耳から離れない。
梨花は、身に覚えのない罪に、涙を流しながら歯を食いしばっていた。
それから、世界がおかしくなった。
「わかってるんですの、私には。これは、オヤシロさまの祟りだって。あの時、祭具殿を汚して、親友を見捨てた私への天罰だって」
「オヤシロさまに祟り・・・」
「父も母も濁流に消えた。意地悪だった叔母も死んだけど、誰よりも私を可愛がってくれたにーにーも私を捨てて家でしてしまった。そして、圭一さんが転校してきて、やっと楽しい毎日がやってきたと思ったのに、今度は圭一さんが憑りつかれて、梨花も殺されて・・・聞いたの、私!オヤシロさまは、本当に祟りを成すときは、本人をすぐに殺さないんだって!親しい人から順に殺して、みんな殺してから、最後に殺すんだって!だから圭一さんも祟りにやられて・・・きっと、今度はレナさんは魅音さんが祟られてしまうんですわ!そして、殺したり、殺されたり!もういや!嫌あああ!!!」
圭一が振り返ろうとしたとき、ものすごい力で後ろから突き飛ばされた!
バランスを崩した圭一は、沢へ転落と思いきや、最後の奇跡か、偶然にも一本のワイヤーを握る。
圭一が沙都子を見ると、般若のような形相だった。
「死んじゃえ、人殺し!!返してよ!にーにーを返してよ!梨花やお母さんを、圭一さんを返してよ!!うわあああ!」
沙都子は絶叫しながら、橋をぐらぐらと揺らす。
「私はお前なんかには負けないんですのよ!祟りなんかに負けてたまるもんですか!」
「沙都子、これだけは聞いてくれ。俺のしたことは確かに褒められるものじゃない。だけど、お前に幸せになってほしくって、したことだったんだ。それだけは信じてくれ」
「こいつ!最後の最後で、圭一さんのふりを!!」
「お前に幸せになってさえもらえればよかった。俺たちは、駄目なんだ。お前が笑っていないと、駄目なんだ。だから俺が消えたら、笑ってくれ。俺が死ぬことで、新しい生活を迎えたなら、きっと笑ってくれ。それだけ約束してくれない」
「しゃべるな!!圭一さんの口調でしゃべるな!!落ちろ!!落ちてしまえええええ!!!」
落ちながら圭一は、こんな狂った雛見沢なんか死んじまえ、と思った。
祟り殺し編END(終劇)
気づくと、圭一は河原にうつ伏せになって倒れていた。
全身のあちこちがものすごく痛い。
自分の近くに子供が遊びで持ってきたのだろうか、車から取り外されたらしい壊れたシートがひっくり返っていた。
うまい具合に下にあったお陰で、即死を免れたのかもしれない。
日はまだ高く、あれからほんの1~2時間しか経っていないように見える。
痛む体を引きずって、診療所を目指して歩き始める圭一。
風もなく、空気もよどんでいる。さっきからずっと、卵を煮焦がしたような嫌な臭いがしつこく鼻を突く。
そして今頃になって気づく。セミの声がないのだ。
木々も精彩がない。木々は黄色くなり、路上には季節外れなたくさんの落ち葉を落としていた。路肩の雑草も、黄ばんだり茶けたりして勢いをなくしているし、小さな昆虫たちが何匹か、仰向けに転がっていた。
この異臭はなんだろう。たくさんの虫の死骸と、季節外れの落ち葉を散らす木々。除草剤とか殺虫剤でも散布したのだろうか。
さっきからこんなにも明るいのに誰とも行き会わない。
学校の近くまで来たが、子供独特の騒ぎ声も奇声もない。ただただ静かだ。
さらに学校へ近づくと、何台かのトラックのアイドリング音が聞こえてきた。
そして、10人くらいの雨合羽の作業員がその荷台から荷下ろしをしていた。
学校は営林署の建物を間借りしているので、営林署の人が作業しているんだな、と圭一は思った。
トラックに積まれたカラフルな積み荷は、色とりどりのツギハギみたいな袋に入った結構大きなものだった。しかも重いものらしく、2人1組で運んでいる。
いくつも何百も積み荷が、結構広い校舎全体にぎっしりと広がっていた。
ぼーっと校庭前に突っ立ってた圭一に、雨合羽の人たちが気づいたようで、圭一を指さして盛んに言葉を掛け合っている。
その時、後ろからトラックが2台やってきた。荷台にはシートがかぶせられているが、積み荷は満載であることがわかった。
そのトラックが通り抜けるときに、ものすごい汚臭に鼻が曲がりそうになった圭一。
それは蟹味噌を腐らせたような最低に臭いだった。
その時、通り過ぎるトラックの横腹に書かれた白い文字の一部が目に飛び込んできた。
陸上自衛隊・・・なんで、校庭に?
「どこから入ってきた?」
防毒マスクをかぶってボンベを背負った雨合羽の作業員に声を掛けられる圭一は、体中の痛みに顔をしかめている。
「君は雛見沢の住民か?住所と名前は言えるか?」
「ここに住んでますけど。名前は前原圭一です。住所は鹿骨市雛見沢村・・・」
作業員は本部と連絡を取り始める。
「本部、応答願います。402、生存者発見。場所は営林署入り口前。生存者は健在。全身に外傷は認められるも、生命に支障なし。自立歩行可能。これより保護し本部へ送致します」
ジープに乗せられた圭一は、防毒マスクを付けられた。
「あの、すみません。何かあったんですか?」
「君はどこにいたんだ?何をしていたんだ?」
「山に入ったところにある吊り橋から落っこちて、河原で多分気絶してました。今日が何曜日化もよくわからないです」
「今日は昭和58年の6月22日、水曜日だ」
圭一が沙都子に突き落とされたのは、21日の火曜日だった。
つまり丸一日河原で気絶していたのか。
「改めて聞くんですが、何があったんですか?」
自衛隊員は答えてくれなかったが、ラジオを付けてくれた。
6月21日から22日にかけての深夜。
鹿骨市雛見沢村にて大規模な災害が発生。
詳細はまだ究明されていないが、雛見沢村地区の某所から猛毒の火山性ガスが噴出。
比重の重いガスがあふれ出し、ガス流となった。
ガス流は沢沿いに下り、雛見沢地区の直撃。数時間かけて全地区を覆った。
時刻は深夜午前2~4時。雛見沢村の全戸、全世帯が罹災。
住民のほとんどは睡眠中で、災害に気づくことなく死亡したと推定。
深夜の就寝中の大災害が、その発覚を遅れさせたのである。
午前3時、興宮の新聞販売店が、朝刊を運ぶ車を雛見沢村の出張所に送っていた。
いつもなら到着すると伝えてくれる事務連絡の電話が、その日に限りなかった。
新聞販売店店主は電話を繰り返すが、応答がない。
様子を見てくるように、長男を向かわせたが、これも音信不通になった。
「この時点で警察か消防への連絡があったなら、事態はもっと改善されていた可能性が高いでしょう。少なくとも、村全滅という惨劇は免れた可能性があります」
午前6時、雛見沢地区に近い住民から、卵の腐乱臭、めまい・吐き気・頭痛などを訴える119番通報が続々と入った。
消防司令部は同様の通報が同時多発的に、限定された地域から発生したことから、化学薬品を積載したトラックなどの事故によるものではないかと推測、地元警察に通報した。
午前6時半、雛見沢地区に巡回に向かった警邏車から、卵の腐乱臭を伝える連絡を最後に通信途絶。
地元警察は致死性の高いガスによる広域災害の可能性があるとして、午前7時15分、県と県警本部に通報した。
午前8時、知事は近県へ視察旅行中であったため、規定に従い県環境防災部長が臨時の本部長となり災害対策本部を設置したが、知事への連絡がつかず、その対応は遅れに遅れた。
「議員待遇者との視察旅行は完全に親睦を目的としたもので、酒宴三昧だと噂されています。近い筋の話では、知事は徹夜で飲んだくれて、泥酔状態で就寝していたそうです。環境部長から電話があった時も泥酔していて、まったく取り合ってもらえなかったのだそうです」
こうして行政は、知事が事態を把握し、酔いが醒めるまでの約1時間の間、情報収集に徹するのみとなってしまう。
「県としても大災害を想定したマニュアルが用意されておらず、対応が常に後手に回ってしまったのが致命的でした」
午前9時12分、県警本部の助言を受けて、県知事は自衛隊に災害派遣を要請。ガス防護の装備を持った化学防護隊は到着したときには、災害発生から実に8時間以上が経過していた。
「とにかく深夜の就寝中というのが不運でした。同じ災害でも日中に起こっていれば、まったく違ったでしょう」
雛見沢村地区の全世帯が全滅。犠牲者は1000人以上。
自衛隊が現在被害状況を確認中だが、その結果さらに魏祭者数は増えるものと予想される。
「スタジオにはゲストとして、火山性の災害にお詳しい地学博士の藤原先生に起こしいただいております。先生、このような恐ろしい毒ガスが突然湧き出すようなことはあるのでしょうか」
「火口部に限定して申し上げれば、決して珍しいことではありません。火山大国日本にはたくさんの活火山がありますが、それらの火口部はいずれも危険はガスの噴出する危険性があり、一般登山者も火口部周辺には立ち入らないのが一般的です」
「でも、雛見沢村を襲った卵の腐乱臭のするガスというのも、火口部では一般的なガスということですか?」
「卵の腐乱臭という特徴から、おそらく火山ガスの中でも事故例の多い硫化水素によるものだと考えられます」
「雛見沢村は火山の火口部とはまったく縁遠い場所にあるわけですが、そういった火口部でない場所にもその硫化水素が発生することがあるのでしょうか?」
「外国の例で、温泉の地下のマグマ溜まりからガスが噴出したという記録があります。きわめて希少な例ですが、必ずしも火口部でなくても発生の可能性はあるということです」
「先生、ありがとうございました。今、防衛庁から発表があった模様です。防衛庁の森川さん?」
「先ほど防衛庁は雛見沢村ガス災害の主原因となった火山性ガスについて、陸上自衛隊化学学校での分析の結果、二酸化炭素と硫化水素の混合ガスによるものだったと発表しました」
「森川さん、そのガスは以前として噴出を続け、周囲に拡大しているのでしょうか?」
「現在、雛見沢村で救助活動に入っている自衛隊第9師団の報告として、ガスの濃度は徐々に薄まりつつある、これ以上の被害の拡大はないと発表しました。ですが、雛見沢地区は依然危険な状態にあることには変わりなく、今後も注意深く監視を続ける必要があるようです」
『なんだよ、それ。全滅ってどういう意味だよ?』
そう圭一が思っているうちに、前方に診療所が見えてきて、中から防毒マスクをつけた白衣の人たちが担架を持って走ってきた。
「もう大丈夫だよ。歩けるかい?」
「歩けます。いてて・・・」
医者らしい人が無線機で圭一の様子を見ながら容態を連絡している。
「外傷多数。骨折もしくは内臓損傷の可能性大。頭部に大きな裂傷。瞳孔正常、眼底に出血なくも脳内損傷の可能性は否定できず」
その時、診療所の入り口から、担架に横たえられた人たちが、圭一とは入れ替わりに表へ出された。
服装の雰囲気から、犠牲者だとわかる。
2人の隊員が、まるで荷物みたいに、ひょいっとトラックの荷台に投げ上げる。
トラックの荷台には、人の体が累々と積まれていた。
その瞬間、学校の校庭に魚河岸のように並べられていたあの光景が蘇った・・・
『こんな狂った雛見沢なんか、死んじまえ。俺の最期の願いが、またしてもかなった・・・俺が願って、祟って、それが次の日にかなうなら、明日の朝には俺を死なせてくれ』
「意識が喪失したぞ!前原君、前原君」
急に世界がどうでもよくなる。呼びかけにも興味は湧かなかった。
「呼吸が停止したぞ!気道確保!人工呼吸!!もうこれ以上死者は御免だぞ!!死んでもいい命なんかないんだ!殺すな!」
耳元で泣きながら怒鳴る男の声が聞こえる。
沙都子を救うためでも、人の命を奪うのは、誤りだったのかもしれない。
もし、この大惨事がそれへの代償なのだとしたら、そんなのってあんまりだろ、オヤシロさま。
どうして、俺だけにバチを当ててくれなかったんだよ。
そういえば、沙都子が言ってたよな。
本当のオヤシロさまの祟りってのは、本人じゃなく、本人の親しかった人から殺していくんだって。
最後にひとつだけ気が付いた。今日はもう、あのついてくる足音、一度もなかったんだな・・・・
昭和58年6月22日未明。
鹿骨市雛見沢村で、広域災害が発生。
雛見沢地区水源地のひとつ、鬼ヶ淵沼より火山性ガス(硫化水素・二酸化炭素)が噴出し、村内全域を覆った。
犠牲者1200余名。
行方不明20余名。
周辺自治体から約60万人が避難する空前の大災害となった。
その後の調査により、鬼ヶ淵沼の直下にマグマ溜まりと温泉があることがわかり、そこより湧き出したガスが、災害の原因であると断定した。
また、災害発生直後から、雛見沢村の伝承になぞらえてこの災害を祟りだと騒ぐ者が続出し、初期の混乱を煽り立てた。
雛見沢村には、祟りがあると瘴気が湧き出して、村を滅ぼすとの伝承があったといい、学者からは過去にも同様のガス災害があり、それが伝承として残ったのではないかと指摘する声があがっている。
一部の影規定週刊誌報道は、雛見沢村で数年間にわたり起こっていた連続怪死事件の延長にあるのではないかとし、オヤシロさまの祟り説を煽り立てた。
また、災害を免れた雛見沢村住民の親類筋の人間たちが、災害後、体調不良を次々に訴え入院し、その一部が原因不明の病死を遂げたことも、それをさらに過激に煽り立てた。
その上、オヤシロさまの祟りに憑りつかれたと自称する親類筋の何人かが奇怪な方法で自殺を遂げると、もう全国に波及する衝撃には歯止めがなくなっていた。
真夜中に音もなく忍び寄り、人々を殺してしまう恐ろしい毒ガスの妄想は日本全国に飛び火し、不眠:呼吸困難・頭痛・めまいなどを訴える人間を続出させた。
中には憑りつかれたと自称し、危行を行う者をいた。
それらのほとんどが過激な報道による思い込みによるものだったが、後にこれらの雛見沢大災害に起因する精神疾患を雛見沢症候群と呼ぶまでに至る。
さまざまな噂や憶測の的となった雛見沢村地区は現在、封鎖され、その上空の飛行も禁止されている。
ガス濃度の低下により、一度は封鎖が解除されかけたが、同年秋に再びガスの噴出が確認され、再び周辺一帯は封鎖された。
現地には、生活の痕跡を残したまま、朽ちるに任せた村が、こんこんと眠り続けているという話である。
最終的な生存者は、雛見沢村に在住の男子学生、前原圭一さんのみ。
救出時はガスによる呼吸困難で肺水腫を起こしかけていたが、必死の救命活動の結果、一命を取り留めた。
現在は県内の総合病院に入院している。
彼が雛見沢で何を見たのか。今日でも彼は、黙して語ろうとしない・・・
平成15年晩夏
大阪府内に住むある老夫婦が、8年前に死亡した息子の遺品を整理中に一本のカセットテープを発見した。
夫婦の息子(47歳・事故当時)は、平成7年に釣り船の転覆事故により行方不明となった。
故人は昭和50年代後半から平成元年まで、過激な写真週刊誌に記者として勤務していた経験ががり、この時の取材テープのひとつだと思われる。
テープのラベルには、昭和58年11月28日・前原圭一と記されていた。
昭和58年6月に発生した、かの雛見沢大災害の唯一の生存者、前原圭一の取材した際の録音テープだと思われる。
大災害を生き残り、謎に包まれた6月21日の深夜を知る唯一の人間として、当時多くの関心が集まったが、公の場で肉声で語ることは一切なかった。ゆえに、このテープは極めて価値のあるものではないかと騒がれることになる。
「じゃあ始めるね。まず最初の質問から。圭一くんは、あの大災害の夜、どこにいたのかな?」
「吊り橋があるんですよ、山に入る少し前に。そこから落ちて気を失ってしました」
「それは大災害の夜、つまり21日から22日にかけての深夜のこと?」
「いいえ、21日の火曜日の朝です。それで、次の日の昼間に目を覚ましたわけですから、一日半はそこで気を失っていたと思います」
「どうしてそんなところに?当日は平日で、しかも落ちた橋は君の家と学校からは大きく離れているようでね?」
「・・・」
「君が大災害の発生を事前に知っていて、村から逃げる途中に吊り橋から落ちたんかないかっていう声もあるんだけど?」
「勝手なことを言わないでください」
「気を悪くしないでね。次に圭一君が落ちたという吊り橋なんだけど、地図で言うとココだよね?」
「多分。俺もあんまり行かないところなので自信はないですが」
「そんなに行かないところにどうして平日の朝に行ったのか、疑問は尽きないけどなあ」
「・・・」
「君が気絶していたという河原なんだけど、実はそれはありえないという噂は知っているかい?」
「また、ありえない・・・ですか?どうして、ありえないと?」
「火山ガスが発生したのは鬼ヶ淵という沼なのは知っているよね?それで学者の先生が緻密な模型を使ってシミュレーションをしたら、興味深いことがわかったんだってさ」
「・・・」
「例の火山ガスってのは空気よりも重いらしくて、地形に沿って低いところへ流れこむ、水みたいな性質があるんんだってさ。それで発生源の鬼ヶ淵沼からそういうガスがむんしゅつし、どれくれいの時間をかけて村を覆うのかを実験がされんだ。そしたらさ、君が気絶していたという河原、流れ込むんだよ、ガスが。」
「よく言っている意味がわからないんですが」
「つまり、君が本当にこの河原で気絶していたなら、君は丸一晩、猛毒の火山ガスの中にいたことになるんだよ。だからつまり君がここで気絶していた可能性は否定されたわけさ」
「・・・」
「私はね、君がウソをついているんじゃないかなって思うんだ。君は大災害の時、安全なところに身を潜めていて、ガスが薄れた頃を見計らって村に現れて自衛隊の人に保護された」
「別に、仮にそうだったとしても、俺は今更驚きませんけどね」
「どういう意味だい?」
この録音テープが本当に前原圭一を取材したものなのか、疑問視する声もある・・・
「あんたもさっき言いましたよね。ありえないって。あの雛見沢では、ありえないことなんて、いくでも起こるんです。あそこじゃ。いないはずの場所に人がいる。死んだはずの人が生きてる。まさか、俺自身が、死んだはずなのに生きているってヤツを立証そようとはね。ははははは」
真偽を確認するため、前原家の親戚筋にテープの声を確認してもらったが、録音状態が明瞭でなく、またかなりの時間が経っているため、確認した親類が声を思い出せず、前原圭一本人の声であるとの確証を得ることができなかった。
「じゃあ圭一君。話を変えるよ。あの大災害が雛見沢連続怪死事件の5年目の祟りではないかという話については、どう思う?」
「それはないですね。5年目の祟りは俺ですから」
「え?何のこと?」
「あんたの話に対する答えですよ」
テープに記された11月28日という日付にも疑問が残っている。
「言っても信じないでしょうけど、あの大災害は俺が起こしたんです。こんな村、丸ごと死んじまえって願ったから、起こったんです」
「それは豪快な話だね」
なぜなら前原圭一は災害から2か月たった8月某日の自殺未遂を期に、精神障害が指摘され、医療施設に移送されていた。
「鷹野さんも俺が殺したし、監督も大石も俺が殺した。あの時の俺にはね、何か神がかり的は力が宿っていたんですよ。そう、例えるなら足音かな」
「何ないそれ?」
「あんた、足音も聞いたこともないんですか。ぺたぺた、ひたひた」
施設は一切の取材を許さなかったため、昭和58年8月以降の日付でマスコミのテープに肉声が残されている可能性は、きわめて低いからである。
「あんたも、今日からは歩いているとき、ふいに立ち止まってみると面白いですよ。自分がちゃんと立ち止まったにも拘わらず、足音がひとつ余計に聞こえたなら、気を付けたほうがいいですよ」
「そ、そうだね、気を付けるようにするよ。ははは」
「そんなに俺、面白いこと話してますか?」
ただし記者は現役当時、非常に強引な取材法王で非難を浴びたことがあり、施設に不法侵入して前原圭一を強行取材した可能性も否めない。
「あんた、さっきからへらへらと笑ってばかりですね、監督と同じだ。俺の事、話を聞いているふりをしながらその実、人のことを異常者扱いしている目だ」
「そんなことはないよ、ははは」
「いや、俺にはわかるんです。あんたの目は監督と同じだ」
これは本当に前原圭一の肉声なのか?
この録音テープの真偽は、未だに謎に包まれている。
「あの日以来、もう足音は聞こえない。だから俺にはもう、あんな恐ろしい力はのこっていないだろうけど。今ここでもう一度、あんたの死を願ってみるよ。俺に不愉快な話ばかりするあんたの死を。今回は死に方も決めてみようかな。鷹野さんは焼け死にだったから、あんたは逆に水だ。水に溺れて死ぬってのはどうだい?」
記者はこの取材から十数年後、平成7年8月に、テープ内の前原圭一の予告通り、水の事故、海難事故で命を落とすことになる。
「絶好調だった当時の俺なら、次の朝までには必ず死んでる。さてあんたは、何日後に水で死ぬかな?はははははははははは。俺如キニ、祟リ殺サレルナ?はははははは」
そして、前原圭一は、取材の翌々日の11月30日深夜、原因不明の高熱により急変した。
「足音が、またひとつ余計に・・・」
トロフィー:「祟殺し編」読了をゲット!
PS3が壊れてセーブできない・・・
ひぐらしのなく頃に奉を買う羽目になった!
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