
今日の屍人荘の殺人はどうかな?
午後6時、紫湛荘前の広場でバーベキューが始まった。
バーベキューの道具や食材はOBが用意してくれた。
七宮たちOBは昼間のうちに反省会でもしたのか、まずは先輩らしい物腰で場を仕切った。
「我が母校である神紅大学から今年も後輩たちが遊びに来てくれてなによりだ。どうか皆の親睦を深め、いい思い出を作ってほしい。乾杯」
気取った七宮の言葉で晩餐が始まった。
今やほとんど見かけない古めかしい大ぶりのラジカセが広間の真ん中にでんと置かれ、先ほどから夏の定番曲を大音量で垂れ流している。
「そろそろ聞き込み開始と行くか」
まだ肉も焼けないうちに明智が紙皿と缶ビールを手に辺りを見回す。
しかし、葉村は気が進まなかったので、雑用に回り、トングを握って鉄網の上の食材を黙々とひっくり返していった。
途中、葉村は腕時計が煙をかぶるのが嫌で、駐車場の壁際、電灯の真下の地面にハンカチで包み置いた。
「ご苦労さん、君たちが今年の新入生か」
葉村が振り返ると、日焼けした長身の男が立っていた。立浪だ。
「すみません、僕は映研でも演劇部でもないんです。たまたま人数が足りなくなったところに飛び入りをした者で」
「どういうことだ?」と立浪は初耳だというように聞き返した。
「脅迫状が届いたんだってよ」と七宮が背後から告げた。
「誰宛に?」
「さあな、進藤はただの悪戯だと言い張ってたけどな。それで、どうして君たちが来ることに?」
「我々はおまけですよ」と明智が話に割って入り、比留子と一緒にどういう条件で付きで参加することになった経緯を二人に説明した。
「まあしかし、脅迫状一つで辞退者が続出するとはいささか過剰反応のような気もしますね。噂ではその文面も『今年の生贄は誰だ』というたった一言の文面だったようです」と明智が続けた。
「進藤の言う通り、悪戯だったということだろう」と七宮が言うと、明智が、
「ですが、こうは考えられませんか。脅迫状は大勢の部員にではなく、ごく限られた人に向けて書かれたものだと。『生贄』という言葉が指す何か不都合が事実を公表するぞ、という脅しなんじゃないですか」
それを聞いていた立浪が口を挟んだ。
「合宿の手筈を整えていたのは進藤だ。少なくとも進藤にはその意味が伝わるだろうと考えていたということになるな」
「それだけではありません。去年の合宿で起きたことであるなら、他にも意味がわかる人がいるかもしれません」
これは「去年の合宿であんたたちが何かしなんだろう」と言ってるのも同然だ、と葉村を思った。
「脅迫状の目的が合宿の中止だとすれば、曖昧な表現などせず真実を明かしてしまえばいい。なのにどうして犯人はそうせず中途半端な脅しに止めたんだ?ようするに根も葉もない噂を聞きつけた犯人の悪戯という線が濃厚だと思うが、どうかな?」と立浪が言った。
明智は笑顔と取り繕い、「なるほど、そうかもしれませんね」と応じるしかなかった。
その後はいざこともなく宴会は進んだ。
途中、下松が「あっれー、携帯の電波が通じないんだけど」と不満の声が上がった。
葉村もスマホを確認すると、確かに圏外の表示が出ている。おかしい、紫湛荘の中では使えたのだが、と思った。
この記事にコメントする
- HOME -