今日の十角館の殺人はどうかな?
船は、島の西側の入江に入った。
両側は切り立った断崖、正面は急斜面で細い階段がジグザグに折れながら這い上がっている。
「本当に一遍も様子を見に来んでもいいんかね。電話も切れてるだろうが」
「大丈夫だよ、親父さん。医者の卵もいるくらいだらかさ」とエラリイが答える。
髭面のポウは、医学部の4回生なのだ。
「そんじゃあ来週の火曜、朝の10時に迎えにくるしな。気をつけなせえよ」
長く急な石段を昇りきると、とたんに視界が開け、荒れ放題に荒れた芝生を前庭にして、白い壁と青い屋根の平たい建物が建っていた。
「これが十角館か」と真っ先にエラリイが声を発した。
ルルウは、「何と言いますか、もっと陰惨な雰囲気を期待してたんですけど」と言った。
その時、正面の玄関の向かってすぐ左隣の青い鎧戸が開き、一人の男が顔を出した。
7人目の仲間のヴァンだ。
「やあ、みんな。今行くから、ちょっと待ってて」
妙にしわがれた声でそう告げると、ヴァンは鎧戸を閉めた。
ややあって玄関から小走りで出てきたヴァンは「悪いね、出迎えにいかなくって。昨日から少し風邪気味で、熱っぽいから横になってんだよ」と言った。
ヴァンは、諸々の準備のため、6人よりも一足先に島に来ていたのだ。
一行は十角館に足を踏み入れた。
青い両開きの扉から中に入ると、玄関ホールだった。
玄関ホールの奥の扉を開けると、等しい幅を持つ十面の壁に囲まれた大きな十角形の中央ホールだった。
十角館は正十角形を地に描いた外壁の形状で、十角形の中央ホールのまわりを、10個の部屋が取り囲んでいる。
玄関ホールの向かいの部屋が台所で、その左隣がトイレとバス。残り7部屋が客室だ。
中央ホールには十角形のテーブルが置かれている。
「これも十角形だ。殺された中村青司には、もしかして偏執狂の気があったんじゃないかな」とエラリイが言うと、ルルウが「そうかもしれませんね。焼け落ちた本館の青屋敷のほうは、床から天井から家具から、何から何まで青く塗られてたって聞きますよ」と応える。
20年余り前、青屋敷という建物を建ててこの島に移り住んだ人物が、中村青司だ。当然のことながら、離れであるこの十角館を建てたのも彼だ。
ヴァンが「みんな、自分の部屋を選んで。どれもおんなじ造りだから、揉めなくてもいいよ。鍵は鍵穴に差し込んでいるから。僕はお先にそこの部屋を使わせてもらってる」と、ドアの1枚を指さす。
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