今日の十角館の殺人はどうかな?
部屋割が決まった。
ホールの壁は白い漆喰で、床は青い大ぶりなタイル張りで、土足のまま出入りするようになっている。
十方から斜めに持ち上がった天井は中央で十角形の天窓を造っていた。
その下には、白い十角形のテーブルと、そのまわりには白木の枠に青い布を張った椅子が10脚が置かれている。
垂木から電球がぶら下がっているが、電気が切れているため、室内を照らすのは天窓からの自然光だけだった。
理学部3回生のヴァンがホールでセブンスターを吸っていると、部屋からポウが現れたので、ヴァンは「コーヒーでも淹れてくるよ」と声を掛けて厨房に向かった。
「悪いな、大荷物で大変だったろう」
「そんなでもないよ。業者に手伝ってもらったから」
そこへアガサが出てきて「なかなかいい部屋じゃないの。コーヒー?だったら、あたしが淹れてあげるわよ」と言いながら、厨房に入った。
「あら、インスタントなの?」
「リゾードホテルじゃないんだ。無人島なんだからね」
「で、食料は?」
「冷蔵庫の中だよ。火事の時に電線も電話線も切れちゃっててね」
「水は出るのよ」
「うん、上下水が来てて、開栓もしてある。あと、プロパンガスを持ってきて繋いでおいたから、コンロもボイラーも使えるよ」
「ふうん、お鍋や食器も残ってるのね」
「うん、包丁も3丁あるよ」
そこへオルツィがやってきたので、アガサは、「手伝ってよ。全部きれいに洗わなきゃどうしようもない。手伝わないんなら、島の探検でも先にしてきて」と声を掛ける。
アガサに追い出されたヴァン、エラリイ、ルルウ、ポウは青屋敷の焼け跡にやってきた。
カーは先に一人で探検に出かけて、この場にはいない。
屋敷跡には、建物の基礎がわずかに残っているだけで、あとは汚い瓦礫ばかりが散乱していた。
「信じられますか、エラリイさん。つい半年前、この同じ場所で、あの壮絶な事件があった場所だなんて」とルルウが話を振る。
「角島青屋敷、謎の四重殺人。9月20日未明、S半島J崎沖、角島の中村青司邸、通称青屋敷が全焼。焼け跡から、中村青司と妻の和枝、住み込みの使用人夫婦の計4人が死体で発見された。4人の死体からは、いずれも相当量の睡眠薬が検出され、しかもその死因が一様ではないと分かった。使用人夫婦は自分たちの部屋で、2人ともロープで縛り上げられた上、斧で頭を割られたらしい。当主の青司は全身に灯油をかけられており、明らかに焼死。同じ部屋で発見された和枝夫人は、何か紐状の凶器で首を絞められての窒息死と判明した。加えてこの夫人の死体は、左の手首から先を刃物で切り取られていたっていうね。そしてその手首は結局、焼け跡のどこからも発見されなかった。事件のアウトラインはこんなところかな、ルルウ」
「あと、行方不明になった庭師っていうのがいましたっけ」
「そうそう、事件の何日か前から泊まりで仕事にきていたはずの庭師の姿が、島のどこにも見当たらず、それっきり消息を絶ってしまったって話だね」
「ええ」
「これについては二つの見解がある。一つはこの庭師が事件の犯人で、それゆえに姿をくらましたのだという見解。もう一つは、犯人は別にいるという見解。庭師は犯人に襲われて島の中を逃げ回るうちに誤って崖から落ちて、そのまま潮に流されてしまった」
「警察的には、庭師=犯人説が有力だったみたいですね。エラリイさんはどう思うんですか」
「いかんせん、データが少なすぎるんだな。僕らが知ってることといえば、何日かの間騒ぎ立てたテレビのニュースや新聞記事の情報だけなんだから」
そう言ってエラリイは建物跡の瓦礫の中に踏み込んでいき、手近に落ちていた板切れを持ち上げる。
「どうしたんです?」とルルウが尋ねると、「消えた夫人の手首でも出てきたら面白いだろう」とエラリイは真面目くさった顔で答えた。
「もしもこの島で、明日にでも何か事件が起こったら、まさにエラリイさんの好きな嵐の山荘ですよ。『そして誰もいなくなった』ばしの連続殺人にでもなったら、大喜びなんじゃないですか」とルルウがはなしを続けると、
「望むところさ、僕が探偵役を引き受けてやるよ。どうだい?誰かこの私、エラリイ・クイーンに挑戦するものはいないかな」とエラリーは答えた。
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