今日の十角館の殺人はどうかな?
エラリイの右足を手当てしあんがら、ポウは言った。
「軽い捻挫と打ち身、擦り傷だけだ。まったく運のいい奴だな。下手をすると、命に関わっていたかもしれんぞ」
エラリイはくっと唇を噛んだ。
「軽率だったね。反省しよう。まんまと彼の仕掛けた罠に引っ掛かってしまった」
5人は十角館のホールに戻ってきていた。
壁にもたれかかり床に足を投げ出して、ポウの手当てを受けるエラリイ。他の3人は椅子にかけもせず、落ち着かぬ様子でそれを見守っている。
「ホールの扉は内側から紐でゆわえておいたほうがいい」
「でもエラリイ、あたし信じられないわ」
青屋敷跡からの帰り道で、エラリイから中村青司=犯人説を聞かされ、アガサは混乱しているようだった。
「中村青司が生きているなんて、そんなこと、本当にあるの?」
「さっきの地下室の状態がその証拠だろう。少なくとも、誰かが最近あそこに潜んでいたことに間違いない。そいつは、そのうち僕らがあの地下室の存在に気づいて、足を踏み入れるだろうと予測した。だから階段にあんな罠を仕掛けておいたんだ。運が悪けりゃ、僕が今頃『第三の被害者』になっていたのかもしれない」
「よし、いいぞ、エラリイ」
包帯を巻き終えたポウが、ぽんとエラリイの膝を叩いた。
「ちょっと確かめておきたいことがあるんだ」
ポウは足早にホールを横切り、玄関へ続く扉の向こうに消えてしまった。が、ものの1分もしないうちに戻っていて、
「やはり思ったとおりだった。すまんな」と浮かない声でエラリイに言った。
「さっきのテグスだが、あれはどうやら俺の持ち物だったらしい」
「ポウの?どうして」
「釣り糸さ。来た日から、釣りの道具箱は玄関ホールに置いておいたんだ。その中から、いちばん太い糸が一巻きなくなっている」
エラリイは左の膝を立てて、両手で抱え込んだ。
「ここの玄関は鍵が掛からない。従って、青司だろうと誰だろうと出入りは自由。釣り糸を盗むなどわけもないってことさ」
「しかしな、エラリイ」
ポウは椅子に腰かけ、煙草に火を点けた。
「青司が生きている。そして犯人であると即断するのは、どうだろうか」
「反対かい」
「その可能性が皆無だととは言わんが、にしても、犯人は外部の者だと現時点で決めつけてしまうのはどうかと思う」
壁に凭れかかったまま、エラリイはポウの髭面を見上げた。
「ポウ先生は、内部に犯人を作りたいと見えるね」
「作りたいなどとは思わん。ただ、その疑いのほうがやはり強いと考える。だからエラリイ、俺はここで、各自の部屋を全員で調べてみることを提案したい」
「所持品検査か」
「犯人はもう一組の予告プレートと切り取ったオルツィの左手、何らかの刃物、それから、もしかすると毒薬の残りを持っているはずだからな」
「もっともな意見ではあるね。けれどもポウ、もしも君が犯人だったらそんな、見つかるとまずいような代物を自分の部屋に置いておくかい。隠そうと思えば、他にいくらでも安全な場所があるだろうに」
「しかしだな、一応・・・・」
「ねえ、ポウ」とヴァンが言った。
「そんなことをしたら、むしろ危険なんじゃないかな。つまりね、もしもこの5人の中に犯人がいるんだとしたら、そいつも一緒に部屋をまわることになるだろう。犯人が堂々と他人の部屋に入れる機会を作ってしまうんだよ」
「ヴァンの言う通りだわ」
アガサが意見を述べた。
「あたし、自分の部屋には誰にも入ってほしくない。犯人がこっそり、プレートや何かを他人の部屋に隠すことだってできるのよ。何か危なし仕掛けをされるかもしれないし」
「ルルウはどう思う?」
ポウがしかめっ面で問うと、
「それよりも、何だか僕、この十角館自体が嫌で。このあいだも誰かが言ってましたね。壁を見てると目がおかしくなりそうだって。目だけじゃない。何だか頭まで変になっちゃいそうで・・・」
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