今日の十角館の殺人はどうかな?
「塩なら、さっき君がそっちへ置いたよ」
スープの味見をして、小皿を持ったままきょろきょろしているアガサに、ヴァンが遠慮がちに言った。
「よく見ていらっしゃいますこと」
アガサは振り返って、丸く目を開いた。
「看守としては合格ね」
十角館の厨房である。
ホールから持ってきたランプの薄明かりの中、食事の支度するアガサと、その傍らでじっと彼女の動きを見守るヴァン。他の3人はホールにいて、開け放された両開きの扉から、ちらちらとこちらの様子を伺っている。
「いい加減にしてよ」
スカーフでまとめあげた髪に両手を当てて、彼女は金切り声を上げた。
「あたしの作る物がそんなに不安なんだったら、缶詰でもなんでも勝手に食べたらいいでしょ」
「アガサ、そんなつもりじゃ」
「もうたくさん!」
アガサは小皿を取り上げ、ヴァンめがけて投げつけた。皿はヴァンの腕を掠め、後ろの冷蔵庫に当たって割れた。その派手な音に驚いて、ホールの3人がばたばたと駆け込んでくる。
両手を握り締め、左右に激しく身をよじりながら、アガサは大声で喚きたてた。
「何よ、見張りなんか立てて。あたしは絶対犯人じゃないんだから!」
「アガサ!」
エラリイとポウが異口同音に叫ぶ。
「こんな見張りを立てたって、もし料理を食べて誰かが死んだら、どうせまたあたしのせいだって話になるんじゃないの」
「落ち着け、アガサ」
ポウが強い声で言い、彼女に向かって一歩踏み出した。
「誰もそんなことをするつもりはない」
「近寄らないで」
アガサは眦を決したまま、じりじりと後辞さった。
「わかったわ。あんたたち、みんなぐるなんでしょう。4人で共謀して、オルツィーとカーを殺したのね。今度はあたしの番?
そんなになってほしけりゃ、あたしが本当に犯人になってやるわ。そうよ。『殺人犯人』になってしまえば、被害者の役にまわらなくなっても済むんだから。あたしが犯人よ」
完全に平静を失い、手足をむやみに振り回して暴れるアガサを、4人がかりでやっと押さえつける。そして彼らは、引きずるようにして彼女をホールへ連れ出し、ムリヤリ椅子に座らせた。
「もう、嫌」
アガサはぐったりと肩を落とし、虚ろな視線を宙にさまよわせた。
「家に帰して。お願いだから。あたし、帰るわ」
「アガサ」
「もう帰るわ。泳いで帰るから」
よほど経ってから、彼女は不意に顔を上げた。そして、抑揚のない声で、
「食事の用意、しなくっちゃ」
「あとは誰かがするから、君は休んでるんだ」
「嫌よ」とアガサが、ポウの手を振り払った。
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