今日の十角館の殺人はどうかな?
ヴァンは腕時計のアラームで目を覚ました。
(午前10時か)
肉体的にも精神的にも相当に参っているのが、自分でもよく分かった。
(無事に帰れるだろうか)
正直言って、怖い。恐ろしくてたまらないのだ。できることならが子供のように泣きわめいて、すぐさまここから逃げ出してしまいたい・・・
ホールに出るなり、二部屋おいた左手のドアが、半分開いたままになっているのに気づいた。厨房の手前、洗面所のドアである。
洗面所のドアの向こうには、白いものが倒れていた。それはアガサの身体であった。
「あ・・・あ・・・」
右手で口を押えて、ヴァンは立ち尽くした。
がくがくと震えやまぬ足を、ポウの部屋に向かって必死で引きずった。
力任せにドアを打つ乱暴な音で、ポウは飛び起きた。
「何だ。どうした」
ドアを押し開け、隙間からホールに滑り出た。
「どうした、ヴァン。大丈夫か」
ポウが背中に手をかけると、ヴァンは片手を口に当てがったまま、もう片方の手を挙げて隣の洗面所を指さした。
「ア、アガサが・・・」
ヴァンの返事を聞き取るや、ポウはひとっ飛びに洗面所へ向かった。そして半開きのドアから中を覗き込むなり、
「エラリイ!ルルウ!起きろ、起きてくれ!」
ポウは大声を張り上げた。
「どうしたんだ」
答えると同時にエラリイはドアを開けた。
ポウの部屋の前で、ヴァンが四つん這いになっていた。その向かって右隣、エラリイの部屋のちょうど正面に位置する洗面所のドアが今、開け放たれている。中で仰向けに倒れている。あれはアガサか。その傍らにポウがいた。
ポウはエラリイを振り返った。
「ヴァンが苦しんでいる。吐かせてやってくれ」
エラリイはヴァンに駆け寄り、助け起こして厨房へ連れていった。
「アガサを見つけたら、急に」
流し台に顔を伏せ、ヴァンはぜいぜいと喘いだ。その背中をさすってやりながら、
「水を飲む方がいい。胃の中は空っぽだろう」
「自分でやるから、それより、あっちの方を」
エラリイは身を翻し、厨房を出て洗面所のポウの側に駆け付けた。
「また毒だ。今度は青酸のようだな」
アガサの死体は、ポウの手によって仰向けにされていた。
ここで化粧を済ませたところだったらしい。仄かに漂う甘い香りが、ポウの意見の拠り所と見えた。
「こいつが例の扁桃臭ってやつか」
「そうだ。とにかく、エラリイ、部屋に運んでやろう」
ポウが死体の肩に手を伸ばした時、厨房からヴァンがよろよろと出てきた。
「ねえ、ルルウは?」
「そういえば・・・」
エラリイとポウは、この時になって初めてルルウの部屋のドアに目を向け、そして同時に「ああっ」と叫んだ。
『第三の被害者』
そこには赤い文字の例のプレートが、彼らをせせら笑うように貼り付いていたのである。
この記事にコメントする
- HOME -