チラシの裏~弐位のゲーム日記
社会人ゲーマーの弐位のゲームと仕事とブログペットのことをつづった日記

 今日の十角館の殺人はどうかな?


 「気圧の谷の影響で、今夜遅くから明日の夜にかけて雲の広がるところがお多くなりますが、天気の崩れはさほどでもなく、明後日にはゆっくりと回復に向かうでしょう」
 ルルの持ってきたラジカセから流れ出す声はやがて、かびすしい女性のディスクジョッキーに切り替わった。
 「もいいんじゃない。消してよ、聞きたくないわ」
 苛立たしげにアガサが言ったので、ルルウは慌ててスイッチを切った。
 簡単な夕食後重苦しい沈黙の中で終えたばかりだった。ランプの灯った十角形のテーブルの6人は、オルツィの部屋のドアの真正面に当たる席を避けて取り囲んでいた。ドアには『第一の被害者』のプレートが貼り付いたままだった。強力な接着剤が使われているらしく、剥がそうとしても剥がれないのだ。
 「ね、エラリイ。何かまた手品、やってよ」
 今度はことさら明るい調子で、アガサが言った。
 「うん?ああ、そうだね」
 エラリイはそれまで黙っていじり続けていたカードを、一度リフルシャッフルしてからケースに収め、上着のポケットに入れた。
 「見せてって言ってるのに、しまっちゃうの?」
 「違うよ、アガサ。この状態から始めなきゃいけないマジックなんでね」 
 エラリイは軽く咳払いを一つして、隣席のアガサの目を覗き込むように見せた。
 「じゃあ、いいかい、アガサ。今から、ジョーカーを除く52枚のカードの中から1枚、なんでもいい、好きなカードを心に浮かべてほしいんだ」
 「思ったわ」
 「それじゃあ」
 エラリイは上着のポケットから再びカードを取り出し、ケースに入ったままの状態でテーブルに置いた。赤裏のガイシクルである。
 「このカードケースをじっと見つめて。そうして君が思い浮かべたカードの名前を、ケースに向けて強く難じるんだ」
 「分かった」
 エラリイはカードケースを取り上げ、左手に持った。
 「さてアガサ。いま君が自由に思い浮かべ、このケースに向かって念じたカードは何だった」
 「ダイヤのQだけど」
 「じゃあ、ケースの中身を見てみようか」
 エラリイはケースの蓋を開け、中からお元向きのデックを引き出した。そしてそれを両手の間で、少しずつ扇方に広げていく。
 「おや」
 カードを広げる手を止めて、エラリイは注目を促した。表向きのカードの中に1枚、裏向きのカードが現れたのである。
 「1枚だけ裏を向いているね。これを抜き出して、表を見てくれるかな」
 「まさか」
 アガサは半信半疑の面持ちでそのカードを抜き出し、テーブルの上に表返して置いた。まぎれもなく、それはダイヤのQだった。
 「今のはすごいですね、エラリイさん」
 「ルルウには見せてなかったけ」
 「初めてですよ」
 「カード当てのトリックの最高傑作のっ一つだよ、今のは」
 「ひょっとしてアガサ先輩がサクラだとか」
 「違うわよ、ルルウ」
 「ワクラなんて使わない。ついでに言っておくと、アガサがダイヤのQを思い浮かべる52分の1の確率に賭けた、プロパビリティのトリックでもない」
 エラリイはセーラムに火を点け、ゆっくりとひと吹かしした。
 「じゃあ次は一つ謎かけといこうか。このあいだ本で見たんだけれども、『上を見れば下にあり、下を見れば上にあり、母の腹を通って子の肩にあり』。何のことかわかるかい」
 「分かったわ」
 アガサが手を打った。
 「『一』でしょう。漢字の一」
 「ご名答」
 「あ、なるほど、字の形ですか」
 「それじゃあ、こういうのは?『春夏冬二升五合』と書いてどう読むか」
 樺細工の煙草入れに新しいラークの箱を収めながら、ポウが言った。
 「『春夏冬』で秋がない、つまり商いだろう。『二升』は升に二杯だから、ますます。『五合』は一升の半分、つまり繁盛ってわけだ」
 「『商いますます繁盛』ですか」
 「そういうことだ」
 「へえ、こじつじつけもいいところですね」
 「あ、一種の暗号と言えんこともないな」
 「暗号と言えば」
 エラリイが話をつづけた。
 「それらしきものが最初に登場する文献は『旧約聖書』なんだってさ。この中の『ダニエル書』だったかな」
 「そんな古くからあるんですか」
 「日本でも、昔から暗号めいたものはあったみたいでね。たとえばほら『続草庵集』にある吉田兼好と頓亜奉仕の有名な問答歌とか。
 確か『徒然草』に違うタイプの有名な暗号歌があったと思うんだけど、何だったけな、オルツィ」
 何気なしに耳を傾けていた一同が、はっと息を呑みを。凍り付いた。
 「悪い、つい」
 さすがにエラリィは強い狼狽を見せた。
 その時カーがテーブルを叩いた。
 「アガサ、コーヒーを淹れてくれよ」
 エラリイはぴくりと膝を震わせて何か言おうとしたが、アガサがすかさずそれを制した。
 「淹れてくるわ。みんなも飲むでしょう」
 そそくさと立ち上がると、アガサは一人で厨房に向かった。
 「なあ、みんな」
 残った4人の顔を順にねめつけながら、カーは言った。
 「今夜は可哀そうなオルツィの通夜じゃないか。知らんふりは辞めにして、もうちょっと神妙にやろうぜ」


 6個のモスグリーンのカップを載せたトレイを、アガサはテーブルに置いた。
 「悪いね、毎度毎度」と言って、エラリイが手近のカップを取った。他の者たちも次々と手を伸ばす。アガサは自分の分を取ってから、残った1個を、トレイに載せたまま隣席のヴァンに差し出した。
 カップを受け取ると、ヴァンは吸いかけのセブンスターを灰皿に置いて、手を暖めるようにその十角形を包み込んだ。
 「風邪はもういいの?ヴァン」
 「おお、うん、おかげさまでね。
 ねえ、エラリイ、よく相談しないままになってるけれど、本当に何か、本土と連絡を取る方法はないんだろうか」
 「ないようだね」
 エラリィはブラックのままコーヒーを啜った。
 「J崎に灯台があるから、夜にこっちで白い旗でも振れば、とも考えたんだがね。あそこの灯台は確か、無人だろう」
 「火を焚くっていうのも考えたんだがな、エラリイ」とポウが言った。
 「しかし、松葉を燃やしたくらいじゃあ気づいてはくれまい」
 「いっそのこと十角館に火を点けてしまうかい」
 「いくら何でも、それは」
 「まずいだろうね。危険でもある。実はね、ポウ、さっきルルウと二人で、連絡手段とは別に、ある探し物をしてたんだ。
 島銃をたいがい見て回ったんだが・・・いや、ちょっと待てよ」
 「どうした」
 「青屋敷、焼け落ちた青屋敷だけれども、あそこに地下室はなかったのかな」
 その時、二人の会話を叩き切るよう突然、気味の悪い呻き声を発してテーブルに突っ伏した者がいた。
 「何なの?」
 アガサが叫んだ。
 「どうしたの?」
 調子の狂った自動人形のように、やみくもにばたつく彼の蘆が、派手な音を立てて椅子を蹴り倒した。テーブルにへばりついた状態はやがて、ずるずると青いタイル張りの床に崩れ落ちる。
 「カー!」
 一声叫んで、ポウが駆け寄った。
 「誰か、カーに持病があるとは聞いてないか」
 答える者はいない。
 「手を貸してくれ、エラリイ。とにかく吐かせるんだ。毒だ、おそらく」
 カーの身体が激しく痙攣し、ポウイの手を離れた。白目を剥き、海老のように身を折り曲げて床の上をのたうつ。ややってまた、激しい痙攣。おぞましい音とともに口から溢れ出す茶色の吐物。
 「まさか、死んだりはしないよね、ね?」
 怯え切った目で、アガサがポウを窺った。 
 「俺に聞いてもわからん。毒の種類がわからない。わかったとしても、ここではどうしようもないが。致死量に達していないことを祈るしかない」


 その夜、午前2時半。
 割り振られた部屋のベッドの上で、カーは息を引き取った。

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 大人になりきれない社会人ゲーマー。
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