今日の十角館の殺人はどうかな?
玄関に現れた吉川政子は、江南の漠然として予想を裏切って、小紋の着物を品良く着こなした、控えめで人の好さそうな女性だった。
実際の年齢はまだ40代前半くらいかもしれないが、心労のためだろうが、政子の顔はひどくくたびれ、老けて見えた。
「今朝お電話した島田です。どうも突然、ぶしつけなことで」
「紅次郎様のお友達でいらっしゃるとか。わざわざ遠いところを」
「中村紅次郎氏とは面識がおありだそうですね」
「はい、大変お世話になっております。ご存じかと思いますが、私は吉川と一緒になります前は、角島のお屋敷で働かせていただいておりました。青司様があそこにお住まいになった当初からです。元はと申しますと、それが紅次郎様のご紹介で」
「なるほで、そこでご主人とお知り合いとなった?」
「さそうです。主人も、当時からお屋敷に出入りしておりまして」
「とこで、今日こうして伺ったのは、実はこんなものが、この僕の友達の江南君のところへ送られてきたからなんです」と言って島田は、江南が渡しておいた例の手紙を示した。
島田と江南は薄暗い座敷に通された。
「ご存じのとおり、主人は結局見つかりませんで。年が明けて先月には、もう死んだものと諦めて葬儀を・・・」
「ご主人が角島に行かれたのは、屋敷が燃える3日前だったという話ですが、正確にはいつ?」
「9月17日の早朝にここを発ちました」
「その後、20日の朝に火の手が上がるまでの間に、もしかして何か、御主人から連絡があったというようなことはありませんか」
「発ったその日の午後に、一度だけ」
「その時、何か変わった様子はなかったのでしょうか」
「いつもと同じ感じでした。奥様が御病気の様子だとかで」
「和枝夫人が」
「はい、姿をお店にならないので青司様にお聞きしたところ、病気で臥せっておられると」
「失礼を承知で一つ伺いしたいのですが、御主人がその、和枝夫人に好意を抱いておられると思われるようなふしは?」
「奥様のことは私も主人も、大変お慕いしておりました。奥様に横恋慕していたなど、とんでもない言いがかりです。それに」
「何ですか」
「主人が青司様の財産を盗んだという噂も、めっそうもない言いがかりでございます。第一命を狙われるような財産など、もう・・・」
「もう?もうあそこにははかった、とおっしゃるのですか」
「つまらないことを申しました」
「青司氏と紅次郎氏は、あまり仲の良い兄弟ではなかったと聞きますが、そのことについてはどう思われますか」
「はあ、青司様はあのように、いくぶん変わったお方でしたから・・・」
「紅次郎氏が島を訪れるようなことは?」
「私が勤めておりました頃はしばしば来ておられましたが、その後はほとんど、そういうことはなかったようです」
「なるほど」
「あのう」とそれまで黙って二人のやり取りに耳を傾けていた江南が、口を挟んだ。
「中村千織さんの件はご存じでしょうか。実は僕、彼女と同じ大学の知り合いで」
「ずっと小さい頃のお顔は、今でもよく覚えております。お可哀そうに。まだまだお若いというのに、あのようなことになってしまわれて」
「千織さんはいつ頃まで島に住んでいたのでしょう」と島田が尋ねた。
「確か幼稚園に入る年に、おじい様のところに預けられたとか。島へ帰っておいでになるのはごくたまで、たいがい奥様のほうがO市まで会いにいかれるのだ、と主人が申しておりました。奥様は、それはもう、大変は可愛がりようで」
「父親の青司氏のほうはどうだったんですか、娘さんに対して」
「おそらく青司様は、子供があまりお好きでなかったのではと存じます」
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