今日のうみねこのなく頃に咲 〜猫箱と夢想の交響曲〜はどうかな?
10/4(土)10:30 六軒島到着
船が船着き場に到着すると、タキシード姿の大柄な男がいて、にこやかな笑顔で迎えていた。
男は6年前には務めていなかったとのことで、戦人とは初対面だったので、二人は挨拶を交わす。
男は、使用人の郷田と名乗り、一昨年から右代宮本家に使えているとのことだった。
郷田俊朗(ごうだ としろう)
料理人として雇われた使用人。
年季は短いが、前職で培われた接客術は洗練されており、評価は高い。
蔵臼夫妻が雇用した使用人であるため、金蔵のスパイと思われている古参の使用人たちより、信頼されているらしい。
郷田は全員の下船を補助して挨拶をしていた。
挨拶や仕草が洗練されていて、プロの身のこなしで、見かけのゴツさの割りにとても優雅だった。
全員が下船すると、船は船着き場を離れ始める。新島の母港へ引き上げるのだろう。
この島に来ると、うみねこがにゃあにゃあと賑やかな声で迎えてくれていたのだが、今日はまったく声が聞こえないため、戦人は違和感を感じていた。
六軒島は、右代宮本家が住んでいるきわめて一部以外は、手つかずで放置されているため野鳥の天国で、どっかの岸壁がうみねこの巨大コロニーになっており、この島はいつもうみねこだらけなのだ。
戦人が、うみねこの声が聞こえないと話すと、譲治が、野鳥は天気や気圧の変化に敏感で、今夜から天気が崩れそうだから巣に早めに引き上げているかも、と話す。
薄暗い森の中を進むと、石造りの庭園風の階段が見えてきた。
石段の向こう側に美しいゲストハウスが見えてくる。
その前には美しい薔薇園があった。
薔薇を見ていると、真里亞が、「この薔薇だけヘン、うー。」と言い出す。
立派な薔薇たちの中で、その1本だけがしおれかけていたのだ。
「うー、他のみんなは元気なのに、これだけ可哀そう」という真里亞に、譲治が、「帰るまでの間、この薔薇をお世話してあげるといいよ」と声を掛け、ポケットから、機内で舐めていた飴玉の包み紙を取り出して、目印をつけるようにその薔薇にやさしく縛り付けた。
そして、譲治は、「この薔薇さんに何か名前を付けてあげるといいよ」と話すと、真里亞は真剣に悩み始める。
突然、秀吉が、「嘉音くん!」と大声を上げながら、手を振り出す。
その方向を見ると、小柄な少年が、手押しの猫車に園芸道具を積んで運んでいるところだった。
少年は、自分が呼び止められたことを知ると、猫車を置いて帽子をとり、頭を下げた。
戦人は、少年が自分より年下ぽかった。
郷田が少年に挨拶を促すと、少年は、「初めまして、使用人の嘉音です」とだけ挨拶した。
嘉音(かのん)
若い使用人。
寡黙に仕事をこなすが、愛想が悪く評価は高くない。
音の仮名を持つ使用人は他にも数人いるが、たまたまこの日は、彼と紗音が当番だった。
郷田が、もう少し自己紹介はできませんかと小声で促しているが、嘉音は「僕たちは家具ですから」と答える。
朱志香が、「嘉音くんは寡黙でさ、余計なおしゃべりはしない性分なんだよ。愛想は少し悪いけど根はいい人なんだぜ。ここに務めて3年になるんだっけ?確か郷田さんにょり1年長いんだよな?」とフォローする。
戦人が「よろしくな、俺は戦人!18だけど、君はいくつだい?」と挨拶すると、朱志香が先に答える。
「私たちの2つ下だから、16だったよなー?」
「はい、そうです」
嘉音は、「まだ仕事がありますので失礼します」、と言って頭を下げると、踵を返して猫車を押し始めたが、突然の小車がぐらりと転んで積み荷を散らしてしまう。
嘉音は、無言で落ちた荷を猫車に積み直すが、一抱えもあるような肥料の袋を持ち上げるのには苦労しているようだ。
戦人は、「俺はレストランで、落ちたフォークをウェイトレスに拾わせるってやつが大嫌いなんだ」と言って、他にも転がる肥料を抱え上げると、嘉音は驚いた目を向け、「結構です、僕がすべてやりますので」と話す。
そんな風にしている内に、積み荷は全て猫車に積みあがった。
「お見苦しいところをお見せして、申し訳ございませんでした」と言って嘉音は去っていった。
ゲストハウスの中に入った戦人は、薔薇の庭園は記憶にあったが、このゲストハウスには記憶がないことに気付く。
門柱らしきものに「渡(とらいあん)」と記されているが、みんなはゲストハウスと呼んでいるようだ。
譲治が、建ったのは一昨年だ、と教えてくれる。
部屋はみんなツインで、絵羽と秀吉、留弗夫と霧江、譲治と戦人、楼座と真里亞の組み合わせだった。
戦人と譲治の部屋は、いとこ同士が集まるだろうと言うことで、大き目の部屋だった。
真理亞がうらやましがるので、戦人は、「ここは俺と譲治兄貴に部屋だが、特別に出入りを許可してやろう。お母さんにはナイショだぞ」と話すと、真里亞はうれしそうに笑う。
部屋に荷物を置くと、親たちは屋敷の方へ挨拶に向かうとのことで、いとこ同士は、ゲストハウスで留守番することになった。
郷田と熊沢に連れられて親たちが屋敷に向かおうとすると、譲治が熊沢に何か尋ねている。
親たちがいなくなったあと、戦人は、譲治が熊沢に聞いたことを聞きだそうとすると、朱志香が、使用人について聞いていた、と言い出し、「たぶん、掃除とか昼飯の準備で忙しいんだよ。後で、挨拶に来るぜ。紗音の出迎えの方が良かったーってんだろう?」と続ける。
戦人は、紗音の名前は憶えており、「今も使用人やってんのか?元気かよ」と話す。
一方屋敷では親たちが集まっていた。
楼座が頭痛持ちの夏妃のために、頭痛に良く効くハーブティーの手土産を渡すが、絵羽は、微笑みで胡麻化しつつも夏妃に対してちょっぴり明白な悪意を含む言葉を掛ける。
窓から刺す明かりは曇天と言えどこんなにも温かなのに、室内の空気はよどんでいた。
霧江が、「さっそく頂いてみましょう」と紅茶を淹れてこようとすると、夏妃が「ありがとう。それは後でいただきましょう。うちの者がすぐにお茶を持ってきますので、どうぞおくつろきください」と言った。
客人が挨拶に見えたのだから、すぐにお茶が振舞われるべきなのだが、お茶のタイミングが遅れて、客人たちが自分たちでお茶を淹れようなどと言い出してはホストの顔は丸つぶれだ。
夏妃は、お茶の準備が遅れている使用人たちの不手際に下唇を噛み、絵羽はその表情を見ながら、くすくすと笑っている。
そこへティーカップを積んだ配膳ワゴンを押して紗音が入ってくる。
「失礼いたします。お茶のご用意をさせていただきます」
秀吉が、「紗音ちゃん、久しぶりやのう。ますます別嬪さんになりよったなぁ」と声を掛ける。
返事をしようとする紗音に対し、夏妃は「おしゃべりは配膳を済ませてからになさい、お茶が冷めます」と言い放つ。
「申し訳ございません、奥様」と紗音が謝る仕草が、配膳ワゴンに触れ、ティースプーンを数本落としてしまう。
その無様に夏妃がますます表情を険しくし、それがますます紗音を委縮させていた。
お茶が遅れた不手際も、使用人の無様もすべては夏妃の日ごろの指導の至らなさということに結び付き、自分の顔をつぶしてしまう。
年に一度しかない日に、その無様をさらすことは、右代宮本家の台所を預かる身をしては屈辱でしかなかったに違いない。
霧江が険しくなった空気を切り替えたくて、「いい香りね。銘柄を聞いてもいいかしら?」と声を掛けたが、紗音は答えられず、「申し訳ございません、後ほど調べてまいります」と言ったので、ますます夏妃の表情と部屋の空気が険しくなってしまう。
絵羽が、「紗音ちゃん、自分で淹れているものが何かもわからないの?ダメよ、そんな怪しげなものを来客に振舞っちゃ。こんなお茶じゃ銀のスプーンでもないと飲めないわよ?ねぇ紗音ちゃん、銀のスプーンって何に使うか知っている?」と言うが、紗音は答えられない。
紗音が答えに窮しているのを見て取り、楼座が「銀は毒に触れると曇る、って言われているの。紗音ちゃんも一つ勉強ができてわね」と声をかける。
毒見をしなければ飲めないお茶扱いされたことは、夏妃にとって、それを振舞った自分を貶されたも同然だった。
留弗夫が「毒舌の姉貴がひと舐めしたら、銀の皿だって真っ黒に曇っちまうぜ」と言うと、秀吉も「わしゃあその毒舌を毎日聞かされとるから、もう毒には耐性がついてしもうたわ。絵羽も、わし相手には構わんが耐性のない相手にはちぃと加減せんとな。わっはっは」とと馬鹿笑いしながら答え、絵羽も「あらあらひどい、紗音ちゃんにお茶の知識を教えてあげただけじゃない」とくすくすと笑いながら答える。
夏妃だけは笑いに加わらなかったが、客間内は談笑で盛り上がっていると誤解できる程度にはなった。
お茶の配膳を終えて戻ろうとする紗音に、霧江は、助け舟にならなくてゴメンと小さく謝る。
紗音は小さく頷き返し、そそくさと出ていく。
うつむきながら配膳ワゴンを押して廊下を歩く紗音の姿は、何かのいじめを受けたことを容易に想像することができた。
嘉音が、「気を落さないで、姉さんは何も悪くない」と声を掛けてきた。
お茶の配膳が遅れたのは、郷田のせいだった。
賓客が集まっているところへお茶を運ぶという派手な仕事を見栄っ張りな剛だが譲るわけないが、お茶を準備するのに無駄な時間をかけすぎて、ポイントが稼げないことがわかっていたので、たまたまその場を通りかかった紗音に配膳を押し付けたのだ。
紗音は「ありがとう。嘉音くんだけでもわかってくれたんで、ちょっと心が楽になったかな」と答える。
不意に人の気配がしたので、二人は慌てて振り返ると、使用人の長である源次の姿があった。
「そこで何をしている。紗音、早く厨房に戻りなさい」
「はい、失礼いたしました」と言って紗音が配膳ワゴンを押して立ち去ろうとと、嘉音が言葉にできない何かを瞳に宿して、無言で源次に訴えている。
「どうした、何かあったのか?」
「紗音は何もわるくないのに、あいつら・・・」
「やめて嘉音くん。失礼しました。すぐに仕事に戻ります。嘉音くんも自分の持ち場に戻って、お願い」
「姉さんがそういうなら」
「何事もないなら、そうしなさい」
「はい、失礼いたします」
「おいたわしや、紗音さん、嘉音さん」と呟きながら、その姿を廊下の影から見守る熊沢だった。
二人がいじめられる理由は何もないが、郷田に嫌われている。
郷田は、右代宮本家に来る前は、どこか立派なホテルに務めており、そこで身につけられた仕事ぶりは、大したもだったが、ここではもっとも年季が短い使用人。
郷田自身のそれまでの積み重ねによるプライドもあり、自分より年季を持ちながら未熟で人生経験も及ばない紗音と嘉音をことあるごとにいびっていた。
また二人は夏妃からも嫌われている。
ちょっとした金蔵の気まぐれが、夏妃に劣等感を与えてしまった。
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