今日の428 ~封鎖された渋谷で~はどうかな?
加納編 11:00
バイクの男を追ったのが、結果的に判断ミスだった。
再び歩道橋を駆け上がったときには、アタッシュケースを投げ捨てた犯人の背中は遠くになっていた。
「指揮車両から各捜査員、バイクの男は宮下公園で、また別の外国人にアタッシュケースを手渡した。バイクの男は、その後、バイクを乗り捨てて逃亡。乗り捨てたバイクはナンバープレートから盗難車と判明。犯人の身元を特定するものは今のところ出てきていない。アタッシュケースを持った外国人は、道玄坂を徒歩で移動中。追跡班の監視下にある。」
TIPS:盗難車
警察の通信システムは高度な整備が行われており、デジタル移動無線方式を採用したパトカー照会指令システム(PAT)を使用すれば、警察庁のコンピュータへ直接アクセスし、指名手配犯は盗難車のデータをすぐに照会することができる。
「渋谷に土地勘のある外国人犯罪グループも当たっている。各捜査員は、道玄坂の現場へ。ただし、身柄は確保せず犯人は泳がせろ。
最後に俺のポリシーをみんなに伝えておく。俺は何があってもお前たちを信用する。だから、期待に応えてくれ。以上だ。」
久瀬の指令を聞いた加納は、道玄坂へ向かった。
内ポケットに入れていた携帯が鳴りだした。留美からで、加納は電話に出た。
「ごめんさない。今、仕事中?」
「うん、まあ。急用?」
「うん、今、渋谷にいるんだけど、実はね、急にお父さんが長野から出てきたの。」
留美の父親である静夫に、二人の結婚は反対されており、何度、加納が家を訪ねても、静夫は会ってさえくれなかった。
「でね、どういう風の吹き回しか、慎也さんに会わせろって。」
「うえぇぇぇ!!!」
思わず大声を出してしまった。
「仕事中って言ってるんだけど、来るまで待つって。ごめんさない、勝手なお父さんで。」
「わかった。とりあえず、またあとで連絡する。」
「ごめんね、駅前のロートレックって喫茶店にいるから。」
そういうと留美は電話を切った。
事件を追うだけでもいっぱいいっぱいなのに、まして静夫が自分を待っていると思うと、いやがうえにも焦りが募った。
道玄坂で犯人の姿を探しつつも、まだ留美のことが頭から離れなかった。
留美との結婚を認めてもらうには、この千載一遇のチャンスを逃したくはなかった。
TIPS:千載一遇
「せんざいいちぐう」と読む。
千年に一度しかないぐらいの、またとない機会のこと。
千載の載とは年を意味する言葉である。
これだけたくさんの刑事が犯人を追っているのだ。15分くらいなら静夫のところに顔を出しても問題ないような・・・
A:今のうちに留美と静夫に会いに行っておこう。
B:いやいや、今は刑事としての仕事を全うせねば。
ちょうどタクシーが通りかかったので、加納はタクシーの前に出て手を挙げた。
「危ないですよ!」
停車してタクシーの窓から運転手が顔を突き出して大声を上げた。
見ると、すでに客がひとり乗っている。
加納は後部座席のドアにしがみついて、「すみません、乗せてください!」と無理を承知で頼んでみた。
「駄目だ」と、ふてぶてしい態度の男が素っ気なく答えた。
「無理を言っていることはよくわかってます。でも、今、大変なことになっていて・・・」
「大変なこと?」
「はい、人生の一大事なんです、お願いします!」
「おあいにくだが、こっちのほうが間違いなく一大事だ。」
「じゃあ相乗りさせてください。お金は全額支払います。ぼくの未来がかかっているんです。」
「こっちも未来がかかっている。おまけに人命もだ。それでも譲れというのか?」
「わかりました。すみませんでした。」
仕方なくあきらめることにした。
タクシーはそのまま走り去ってしまった。
ほかのタクシーを探そうと辺りを見回すと、アタッシュケースを持っている外国人が見えた。
加納はその外国人を追いかけた。
加納が尾行していると、外国人は細い脇道へと入った。
また、渋谷駅方面に戻り始めたのである。
加納は無線で久瀬に連絡をすると、久瀬は、「そのまま泳がせろ」と言った。
すると、別の外国人にアタッシュケースが受け渡される。
TIPS:無線
警察無線は傍受を難しくするためデジタル方式を採用している。
いくつかの切り替えチャンネルがあり、基本的は「地域系」、別の地域のパトカーと連絡を取る「共通系」、警察署ごとに割り当てられた「署轄系」、機動隊が使用する「部隊活動系」などを状況によって使い分けている。
通常の周波数とは別の「誘拐専用無線チャンネル」もある。
アタッシュケースを持った方を尾行しているうち、とうとう渋谷の駅前まで戻ってきてしまった。
留美と静夫は一緒に駅前の喫茶店で待っているはずだ。
喫茶店の名前は、ロートレックだった。
TIPS:ロートレック
柿沼涼子という大学生がウェイトレスとして働いている喫茶店の名前。
19世紀に活躍したフランスの画家アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックからこの名前が付けられた。画家ロートレックは、ポスターや本の挿絵・表紙を多く描き、それを芸術まで高めたと評価されている。
ガラス窓超しに店内が見える喫茶店があった。
ロートレックという看板が出ている。
外国人は交差点で信号待ちをしている。
今がチャンスと店内を覗いてみた。
すぐに留美の後姿を発見した。
その向かいに座っているのが父親の静夫なのだろう。
今は長野で無農薬野菜を作っているが、静夫は2年前までは警視庁捜査一課の刑事だった。
留美は刑事である静夫を尊敬し、父親のことを話すときはいつも誇らしげだった。
だったら、警察官になれば、留美が喜ぶかもしれない。
加納が警察官を志望したのは、そんな単純な動機だった。
TIPS:警視庁捜査一課
警視庁刑事部に属する、東京都内の殺人・誘拐・放火などの捜査を行う部署。特に優秀な警察官が配置されており、各地の捜査本部に出動して捜査にあたるため。経験と能力はずば抜けている。捜査一課長は代々ノンキャリアが就任し、現場と組織運営に通じた人材でないと務まらないと言われている。
静夫は留美が大学を卒業すると、あっさりと刑事を辞めてしまった。
退職の理由は留美も知らないようだった。
留美との結婚を認めてもらおうと、加納は何度か長野の家を訪れたが、返ってきた言葉は「警察官に娘はやれん」の一点張り。
いつも門前払いで顔すら見てもらえなかった。
加納は背伸びをして店の奥を覗いてみた。
留美の前に、不機嫌そうな顔をした男性が座っている。
なんだ、あの強面は!
外国人はJR渋谷駅に入ると、券売機の前に立った。
電車に乗るつもりのようだ。
「犯人は電車を使用する模様」と加納は無線で久瀬に伝えた。
「そのまま尾行を続けろ」
久瀬は犯人を泳がせるつもりだ。
「トカゲも追跡の準備。犯人が降りた駅で捜査網を敷き直す。」
TIPS:トカゲ
誘拐事件のなどで犯人追跡を目的に配備されるバイク部隊のこと。
外国人は券売機で切符を買うと改札口を通った。
どこの駅まで買ったかは確認できなかったが、山手線の外回りに乗るつもりのようだ。
事前に支給されたプリペイドカードで加納も改札口を通る。
TIPS:プリペイドカード
ドラマのように警察手帳を見せればどこでもフリーパスというわけにはいかない。犯人に気付かれてしまう危険があるからだ。そこであらかじめプリペイドカードが支給されることもある。
外国人は、あたりを警戒する様子もなく、悠然とした足取りで階段を上っていき、慌てて加納も追いかける。
外国人はホームの一番端で立ち止まり、そこで電車が来るのを待った。
電車がホームに入ってきたので、外国人は軽く周囲を見渡してから電車に乗り込み、その動きに合わせて加納も電車に乗った。
車内を見渡すと本庁の捜査員たちも電車に乗っている。
外国人は運転席の後ろに立ち、呑気そうに外の風景を眺めていた。
「こっちは順調です、何も心配はいりません」
派手なネクタイをした男が、携帯電話で話をしながら加納の横を通り過ぎた。
もう片方の手には外国人が持っているのと同じアタッシュケースを携えている。
男は運転席のほうへ歩いていき、外国人の隣に立った。
電話での会話に耳を傾ける。
「225ページ、すべて校了済みですよ」
225・・・それは警察用語で誘拐のことだ。
TIPS:225
刑法224条では、「営利目的等略取及び誘拐」と「身の代金目的略取等」を規定している。よって、誘拐のことを隠語的に「225」と言うことがある。
加納は注意深く男の動向を見守った。
ところが男は外国人と接触することなく、すぐにこちらに戻ってきた。
すれ違うとき、加納はちらりと男の顔を確認した。
A:威嚇するように相手を睨みつけた
B:さりげなく目を逸らした
男は携帯電話をパチンと閉じた。
「電車の中では電話しない、これ、社会の常識。」
キザな笑みを浮かべて元いた車両のほうへ去っていった。
「目が鋭すぎだ。もっと周りに溶け込め。」
隣にいた妙な格好の男に耳打ちされた。笹山だ。
いつの間にか服を着替えている。
険しい表情とオタク風の変装の取り合わせは、どう見てもミスマッチだった。
これまで何度も笹山の変装を見てきた。
どこでそんな衣装を調達してくるのかと、最初は面白がって相手をしていたのだが、近ごろは面倒になってきて特に触れないようにしている。
TIPS:笹山の変装
むしろスーツを着ているほうが稀。
署内でスーツ姿の笹山が歩いていても、本人と気づかれないことがよくある。
笹山は懐から小瓶を取り出し、加納に渡すと、笹山は隣に車両に姿を消した。
徹夜明けで何も食べていないので、差し入れはありがたかった。
しかし、やけに薄味だ。ほとんど味がない。
加納はぐいっと一気に飲み干した。
そのとき、かーっと急激に頭に血が上ってきた。
体中、内臓から焼けるように熱い。
猛烈に辛い。
体中、内臓から焼けるように辛い。
むしろ痛い。
体中、内臓から痺れるように痛い。
額に脂汗が滲み、全身からも大量に汗が噴き出す。
意識が遠ざかる。
笹山さん、こんなものを一体どこで・・・
加納は気絶した。
BAD END No.08 俺の気持ち
山手線の車内で犯人を見張る加納は、笹山からの差し入れの飲み物を飲んで気絶してしまった。その飲み物は、何を隠そう「バーニング・ハンマー」の試供品である。笹山に悪気はない。ただ、着ぐるみのあの人物から試供品を手渡されただけなのだから・・・
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