今日の忌火起草はどうかな?
弘樹は、午前中の講義を終えて、学食に一人でいた。
正人は大学に来ていない。
健吾がキャンプの写真を見るかと、デジカメを手渡してきた。
B:別に、見たくないよ
自分が行かなかったキャンプには興味がないと弘樹が話すが、健吾はデジカメのモニターを見せてくる。
TIPS:キャンプ場へ向かった経緯
キャンプ場の場所を決めたのは健吾だった。
その筋では有名な心霊スポットで、丁度ビジョンを手に入れたばかりだった彼はビジョンを試すために女の幽霊が出ると言う噂のキャンプ場に決めた。
心霊スポット巡りがライフワークになっている健吾は近場のスポットは網羅している。
ただ、はっきりとした心霊現象に遭遇したことは一度もない。
デジカメのモニターには、ビジョンでパーティを行ったという屋敷が写っている。周囲には、イマビキ草が咲き乱れている。
次の写真は、門の前で記念撮影をしたらしいのだが、フラッシュが光らず真っ暗で、ピンボケの写真だった。
C:おい、正人はキャンプでおかしくなかったか?
健吾は、正人はいつも通りだったと答える。ということは、正人がおかしくなったのは、キャンプから戻ってからだろうか。
TIPS:心霊写真家・健吾
健吾が心霊スポットで写真を撮るとたまに変なものが写っている。
心霊スポットに限らず、健吾が撮ると違和感のある写真が混じっている。
しかしそれらすべてが健吾の失敗によるもので、心霊写真が撮れたことはない。
あまりに写真を撮るのが下手なため、最初はわざとやっているのではないかと思われていたほどだ。
今では、写真を撮るときは健吾に頼まないというのがサークルの常識になっている。
心霊スポット→百八怪談№18
健吾は話題を変えるように、改築の時に屋敷の床下から大量の白骨死体が見つかったと話し出す。
屋敷は昔は新薬実験施設で、実験していたのは女の薬剤師、白骨死体はその犠牲者らしい。
あの屋敷で騒ぐと、人体実験の犠牲者に呪われるとウワサされている。
A:お前、いい加減そういうことすんのやめろよ
健吾は、過去にいろいろやらかしており、弘樹がその解決のために四苦八苦してきたのだった。
TIPS:ピアス
以前、白い糸のようなものがピアスの穴から出ていたことがあって、取りたいのに取れないと怯えていたことがあった。
なんでも、白い糸は神経なので引き抜くと目が見えなくなるという話があるらしい。
見つけたときに引っ張って、1センチほどの長さだったのがさらに3ミリほど出てきてしまったので、健吾はその後一切触れないようにしていたが、結局次の日にはその白い糸はなくなっていた。
健吾と別れて構内を歩いていた弘樹は、ベンチで読書している愛美を見つける。
愛美は、付き合っていた恋人の間宮京介を交通事故で失っている。
1年前、大学からの帰り道、弘樹は、京介といっしょにいる愛美の後姿を見つめていた。
京介は、薬学部のOBで、大手製薬会社の研究室をまかされており、愛美や弘樹と年齢が一回り違う。
あの日、二人のあとをストーカーのようにつけていた弘樹は、愛美のほうに突っ込んできたトラックから、愛美を突き飛ばして、身代わりに京介が轢かれる場面を見た。
その後、愛美は抜け殻状態となり、弘樹は、大切な人を失った愛美の支えになってやりたいと思う一方、どうしても行動できなかった。
愛美を命がけで守るという京介の行動があまりも鮮烈で、同じ場面に遭遇したら、自分は愛美を同じように助けることができるかは、弘樹にはわからなかった。
殻→百八怪談№2
あれから1年、愛美も立ち直ったかのように見える。弘樹が惹かれていたはにかんだ笑みは、愛美の表情から消えてしまっていた。
愛美が真剣な表情で読書をしているので、弘樹は声を掛けるのを諦めた。
午後の講義を終えた弘樹は、部室に顔を出すが誰もいなかった。
テーブルの上にスナック菓子がおかれていたことから、少し前までは誰かがいたようだ。
そのとき、弘樹のケータイが鳴り、着信画面に正人の名前が表示されている。
弘樹が電話をとると、昨日よりは元気そうな声の正人は、呪われたようだと言い出す。
正人は、こののろいは目が鍵で、目を見たらダメだと話すが、弘樹の反応が微妙なことに気づき、信じていないだろといって、電話を切ってしまう。
朝から何も食べていない弘樹は、テーブルの上を漁り、アーモンドチョコを見つけて、口に放り込むが、苦い味が広がった。
いそいで口を水道の水でゆすぐ。
弘樹は、指の爪が全部うっすら黒くなっていることに気づく。擦っても取れない。じっくり見てみると、細かな黒い斑点がたくさん爪の中に浮いている。
そこへ愛美が部室に入ってきて、様子のおかしい弘樹に気づいて、「なんか沈んでるみたいだから、今から遊びに行く?」と言うので、弘樹は一緒に遊びに行くことにする。
電車に乗り、繁華街へ出た。
愛美は、どの映画を見よう?と聞いてくる。
B:愛美が喜びそうなラブストーリーかな。
愛美が喜びそうなラブストーリーかな。
TIPS:愛美の映画趣味について
女性が好む映画は恋愛ものだと考えるのは偏見である。愛美はジャンルを問わず様々な映画を観る。
彼女が中学生のころに好きだったジャンルは香港アクション、高校生の頃は七十年代以前の名優が出てくるハリウッド映画。そして今はヨーロッパ系のアクション映画だ。彼女いわく「クセのある作品に惹かれる」らしい。
しかし、愛美に嫌がられたらどうしようと悩む弘樹をよそに、愛美はアクション映画の看板を指差す。どうみてもB級だ。
愛美は、弘樹が好きそうな映画を選んだと話す。
映画館はガラガラで、ストーリーはあまりのも退屈で睡魔に襲われそうになる弘樹。
突然、映像がぶれはじめて、何も映っていないスクリーンが、映写機の灯りで照らされている。
すぐに映画は再開したが、スクリーンには、レンガで囲まれた薄暗い部屋が映し出された。
部屋の中央には壷のような形をした鉄の塊が陣取っている。
突然、鉄の塊は大量の蒸気を噴出した。
さっきとは、違う映画になってしまったみたいだ。
スクリーンを眺めていると、湯気の向こう側に人影が見え、ヒソヒソとした話し声も聞こえてきた。声の感じからすると、二人の男女のようだ。
「アミ様、準備が整いました」
「さっさとやりなさい」
気味が悪くなった弘樹は、受付に上映トラブルを訴えようと、イスから立ち上がろうとするが、体が動かない。
ふいに目の前が真っ白になり、あわてて周囲を見渡すと、スクリーンはなく、隣に座っているはずの愛美も蒸気で見えない。まるで、弘樹が映像の中に飛び込んでしまったかのようだ。
いきなり背中に鋭い痛みが走り、弘樹は吊り上げられた。
あたりから悲鳴が聞こえ、異臭が鼻をつく。子供のころ、自分の髪の毛を燃やしたときの臭いによく似ている。
まさか人間を焼いているのか?
弘樹の体は、少しずつ悲鳴のするほうへ近づいている。
ゆっくりと弘樹の体が落下し、鉄の塊の中に放り込まれた。全身の皮をいっせいにはがされるような痛みで、目玉が裏返り、食いしばった奥歯が割れ、頭の血管が破裂しそうになる。内臓が沸騰して、様々な体液が口に逆流してきた。それでも弘樹は生きており、意識はまだはっきりとしていた。
鉄の塊に入ったのは胴体だけで、頭の部分はまだ外に出てきたのだった。
死にたくないと弘樹は何度もつぶやくが、鎖は緩み、頭も炎の中へ沈められた。
助けてと叫びながら、弘樹は狂ったように暴れた。
落ち着けと正人の声が聞こえてきた。
蒸気に包まれた世界は霧散し、スクリーンには初めに見ていた映画の続きが上映されている。
夢だったのか?
隣の席の愛美を見ると、正人が座っている。
正人の体が炎に覆われていく。
目を見るなと、正人は言う。
弘樹は自分の叫び声で、我に返る。
愛美が、落ち着いてと、声をかける。
弘樹は居眠りをして、ひどい悪夢を見たらしい。
映画館を出て、弘樹は愛美に謝った。
愛美は、気にしていないと、笑っている。
愛美は、自分で気持ちを明るくしていかないとと、言い出す。
いつもより明るい愛美に、何かあったと弘樹が尋ねると、京介のことでちょっと、と愛美が答えた。
愛美に連れて行かれたのはしゃれたイタリアンレストランだった。しかも、香織の父親が経営する店なのだが、愛美はそれを知らないようだ。
香織に、愛美と食事をしに来たことがばれるとマズイと弘樹は思うが、愛美はさっさと店に入ってしまう。
愛美はディナーセットを2人前注文し、雑誌で評判だったと話す。
店内に香織はいないようだ。
TIPS:レストランについて
香織の父親はイタリア料理店「TRATTORIA FRAGRANZA」のオーナーシェフだ。
店の評判は上々で、何度も雑誌で紹介されている。店名の由来はオープン直前に生まれた香織への想いを込めている。
こぢんまりとした雰囲気や、定期的に変わるメニューが魅力でリピーターも多い。
おすすめの定番メニューは自家製パンチェッタとオリーブのリングィーネ。
愛美は、弘樹がキャンプにいかなかった理由を聞いてきた。
愛美に本当のことを言おうとした弘樹だったが、そこへスープが運ばれてきて、断念。
トマトを使ったスープのようだが、弘樹がスプーンにすくって口に運ぶと、トマトとは思えない苦味が口の中に広がる。
愛美がいるので吐き出すわけにもいかず、弘樹は飲むこむ。
愛美と別れ、アパートに帰ってた弘樹。
焦げた味がしたのはスープだけで、そのあとの料理はおいしく食べることができた。
爪を見ると黒い点が増えたような気がする。
布団に入ると、風邪を引いたらしく、頭がボーッとする。
耳元で、自分ではない呼吸する音が聞こえる。
後ろに誰かがいる!
目を閉じると呼吸音は聞こえなくなり、「あなたは誰?」という女の声が聞こえてきた。
弘樹が部屋の中を見渡すが、どこにも人の姿はない。
部屋の電気をつけ、布団をかぶると、ケータイが鳴り始める。
A:おそるおそる手を伸ばして携帯電話を取った。
香織からのメールで、今何してる?とだけ、書かれている。
ふざけるなと言いながら、弘樹は、ケータイの電源を切った。
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