今日の屍人荘の殺人はどうかな?
8月に入り、暇を持て余している葉村と明智は、大学近くに喫茶店に入り浸っていた。
明智は、また映研の合宿に参加したいと言って断られた、と話している。
そこへ美少女が近づいてきて、「失礼、ミステリ愛好会の明智さんと葉村さんですよね」と声を掛けてきた。
美少女は、身長150センチほどの小柄だが、風貌は佳麗で、そこいらの女子大生とは違う生き物に思えた。
「どちら様でしょうか」と明智が問うと、美少女は、
「初めまして。文学部2回生の剣崎比留子と申します」と答えた。
「剣崎さん、それで我々に何か御用で?」
「取引しましょう。明智さん、映画研究部の合宿に同行したいのでしょう?」
「なぜそれを?」
「映研に所属している友人の話を小耳に挟んだので。ずいぶんと熱心に食い下がられているとか」
「ええ、すげない返事ばかりですがね」
「その様子では断られた理由をご存じないんですね」
「単に部外者を参加させたくないだけだと思っていたが」
「まあ、これも友人から聞いた情報なのですが、あの合宿の一番の目的は作品の撮影というよりは、部内でのコンパなのです。しかもそのペンションは映研の卒業生の親が所有していて、貸切の上無料で泊まらせてもらえるのだと。ただ部屋数に限りがあって、部員全員は参加できないらしいのです。合宿と呼んでいますが、実際は招待という形に近いイベントなのでしょう。だから部外者を交ぜる余裕などないというわけです。ですが、合宿まであと2週間ちょっととうタイミングで、多くの部員が合宿への参加を辞退したのです。実はこの話をしてくれた私の友人というのもその一人でして・・・」
「どうしてまた?」
「脅迫状が届いたそうなんです。見つけたのは私の友人。ある日たまたま一番乗りで部室に入ったところ、1枚の紙が机の上に置いてあったそうです」
「内容は?」
「『今年の生贄は誰だ』と、赤マジックで筆跡をごまかすようなめちゃくちゃな字で書かれていたそうです。部員たちはこの内容に思い当たる節があったみたいで・・・実は去年の合宿に参加していた女子部員が夏休み明けに自殺したらしいのです」
「ああ、そういえばその話は聞いて調べた気がするな。けど結局事件性はないとかで、世間的には大きなニュースにならなかった」
「ええ、自殺の動機と合宿との因果関係は不明ですが、複数の部員の証言によると、去年撮影した心霊映像に彼らの仕掛けではない人の顔が写っていたとか」
「そのせいで祟りだが呪いだかにかかったと?」
「あくまで噂ですが。部員の間では合宿が原因だというのが暗黙の了承だったみたいです。実際去年は、自殺の他にも大学を辞めたり退部したりする部員が後を絶たなかったとか」
「参加をキャンセルした部員たちは脅迫状を真に受けたということですか」と葉村が口を挟んだ。
「この話には続きがあるんです。私の友人が脅迫状を見つけた直後、部長の進藤さんが部室にやってきて、脅迫状を見るなり、他言しないようにと、真剣な顔で迫ってきたというんです。実は進藤さんは去年も合宿に参加した数少ないメンバーらしくて、彼の態度に何か後ろ暗いものを感じた友人は隠しておくべきではないと判断し、他の部員にもその出来事を打ち明けて不参加を決めた。それで雪だるま式に参加を取りやめる部員が増えたというわけで」
「なるほど、事情は理解した。さっき取引と言ったね。あれはどうい意味かな?」
「ペンションを貸してくれるOBの手前、人数不足で中止するわけにいかないと進藤さんは頭を悩ませているようです。今なら部外者も受け入れられる可能性があります」
「だが俺は断られた」
「コンパが目的でOBから招待を受けているでしょうから。女性の参加者がいなくては話しにならず、進藤さんも苦慮しているようなのです。そこで、私と一緒と参加してくれませんか。
明智さんはなんでも神紅のホームズと呼ばれているとか。曰くのある合宿、差し代人不明の脅迫状、明智さん好みの事件なのでは?」
「そりゃあ好みと言えばそうだが・・・」
「実はすでに進藤さんとは話をつけてきました。女性の確保はかなり難航しているようで、演劇部の女子まで声をかけているそうです。私が参加するのであれば、男性2人の同伴も受け入れてくれるとのことです」
「待ってください。そもそもなぜ俺たちにこの話をもちかけてくれたんですか?」と葉村が割って入る。
「その理由を尋ねないこと。それが私からの交換条件です」
「取引成立、だな」と明智が答えた。
次の記事:第一章:奇妙な取引 その2
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