チラシの裏~弐位のゲーム日記
社会人ゲーマーの弐位のゲームと仕事とブログペットのことをつづった日記

 今日の十角館の殺人はどうかな?


 正午過ぎ、昼食の席上で、今朝の出来事に触れる者は誰もいなかった。
 アガサとオルツィが作ったサンドイッチの昼食を食べ終わると、終えた順に一人、二人と席を離れて行った。
 最初に立ったのはカーで、文庫本を2冊ほどを持って外へ出て行った。
 続いてポウとヴァンが立ち上がり、連れ立ってポウの部屋に向かう。


 両手を膝の上に付き、けだるそうに顔を伏せているヴァンの様子に気づいてポウが声を掛ける。
 「まだ具合が悪いのか」
 「うん、ちょっとね」
 「そこのケースに体温計が入っている。熱を測ってみろよ」
 「ありがとう」
 体温計を脇の下に挟むと、ヴァンはベッドに横になった。
 「ねえ、どう思う。今朝のことだよ」
 「俺はただの悪戯だろうと思うが」
 「でも、それならどうして誰も名乗り出なかったんだろう」
 「まだ続きがあるのかもしれん。例えばだ、今夜にも誰かのコーヒーに塩が入れられるのさ。そいつが『第一の被害者』だ」
 「ははあ」
 「その調子で『殺人犯人』は嬉々として犯行を重ねていく。ちょっと大掛かりなマーダーゲーム(殺人遊び)ってわけさ」
 「確かに、小説じゃないものね。そう簡単に殺人なんて起こるはずがない。うん、きっとそうだよ。それじゃあポウ、そのゲームの犯人役は誰なんだろう」
 「さあて、こんなお遊びを思いつきそうな奴と言えばまずはエラリイだろうな。だが、あいつはどうやら『探偵』役に回ったみたいだから。
 いや、もしかしたらやはり、エラリイなのかもしれんな。探偵=犯人ってパターンだ」
 「そういわれてみると、今朝、場の主導権を握る手際なんか、ずいぶん鮮やかだったものね」
 「うむ。体温計は?ヴァン」
 ヴァンは、セーターの袖口から体温計を引っ張り出した。目の前にかざしてそれを見てから、浮かない顔でポウに差し出す。
 「やっぱり熱があるな。唇も荒れてる。頭痛は?」
 「少し」
 「今日は大人しくしてろよ」
 「言う通りにするよ、ドクター」


 ホールでは、昼食の片づけを済ませたアガサとオルツィが、ティーバッグの紅茶を淹れて一息ついていた。
 「ね、オルツィ。あのプレート、どういう意味なのかな」とアガサは唐突に話題を振ると、オルティは首を振って答えた。
 「よくわからない。だって、みんな知らないっていうもの、何も隠すことないのに」
 「あんがいエラリイだったりしてね。ちょっとするとルルウの坊やかな」
 「ルルウ?」
 「あの子の性格なら考えられるでしょう。いつもミステリのことしか頭にないじゃない」
 「わたし、怖い」
 「お茶を飲んだら、外の空気を吸いにいきましょう。ね?」


 入江の桟橋に腰掛け、エラリイは海を見ていると、傍らにいたルルウが話しかけてきた。
 「まさかエラリイさんが犯人なんじゃないでしょうね」
 「よせよ」
 「けど『探偵』『殺人犯人』の札まであるなんて、何となくエラリイさんらしいじゃないですか」
 「知るもんか」
 「そんな、ぞんざいにあしらわないでくださいよ。ちょっと言ってみただけなんですから。しょせん、あれはただの悪戯でしょう。そうは思わないんですか」
 「思わないね」
 「どうして悪戯じゃないんです」
 「誰も名乗り出ない。それに、手が込み過ぎていやしないか。画用紙か何かにサインペンで書いてあったというのならともかくね、わざわざプラスチック板を同じ大きさに切って、ゴチック体の型紙を作って、赤いスプレーを使って。僕だったら、単にみんなを驚かすためだけの悪戯で、そこまで手間をかけたりはしないな」
 「それじゃあ、ホントに殺人なんてものが起こるっていうんですか」
 「可能性はあると思う」
 「あのプレートが殺人の予告なんだとしたら、『被害者』は5人です。あのプレートが、例のインディアン人形と同じ役割ってことでしょう?これでもしも『犯人』が『探偵』まで殺して自殺でもしちゃったら、まるっきる『そして誰もいなくなった』じゃないですか」
 しばらくの間、二人は黙りこくっていたが、やがてエラリイがゆっくりと腰を上げた。
 「僕は戻るよ。ルルウ、ここは寒い」

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 今日の十角館の殺人はどうかな?


 第一の被害者
 第二の被害者
 第三の被害者
 第四の被害者
 探偵
 殺人犯人


 幅5センチ、長さ15センチほどの乳白色のプラスチック板が7枚、各々に赤い文字が記されている。
 着替えを済ませているのは女性2人だけで、他の5人の男は皆バジャマに何かを引っかけた格好だった。
 「うまい冗談だな。誰の仕業だい」とエラリイが一同に問いかけた。
 「当のエラリィさんじゃないんですか」
 「僕じゃないね、ルルウ。カーかアガサだろう」
 「俺は知らんぜ」
 「あたしもよ。ヴァンじゃないわよね」
 「知らないよ」とヴァンは首を振った。
 「アガサが見つけたの?」
 「違うわ。最初に見つけたのはオルツィよ。まさかオルツィじゃないでしょ」
 「知りません」
 一同の視線がポウに集まった。
 「言っとくが俺も知らんぞ」
 気まずい沈黙の中で、7人は互いに顔を見合わせた。
 やがてエラリイが真顔で口を切った。
 「本当に名乗り出る者はいないのかい」
 6人はいずれも、自分じゃないと否定した。
 エラリイは横髪を掻き上げ、「犯人と呼んでもいいね?そいつが僕らの中にいるのは間違いない。名乗り出る者がいないということは、邪な考えを持つ人間が一人、もしくは複数名、この中に潜んでいるってことだな」と言った。
 「邪な考えっていうのは?」とアガサが聞くと、
 「わかるもんか。何か良からぬことを企んでいるって意味さ」とエラリイが答える。
 カーが皮肉たっぷりに唇をゆがめ、「はっきり言やあいいだろうが。こいつはつまり殺人の予告だと」と言うと、エラリイは大声で
 「先走るな、カー」と言って、カーを睨みつける。
 そして、エラリイは、カードを扱うような手つきでプレートを揃えて、「とにかくこれはしまっておこう」と言って、食器棚の空いた引き出しを探し出すと、その中にプレートを放り込んだ。
 「身づくろいしてこよう」と言ってエラリイが自分の部屋に消えると、男たち4人は各自の部屋へ、アガサとオルツィはアガサの部屋へと引き上げた。
 3月27日木曜日。こうして彼らの2日目は始まったのである。

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 今日の十角館の殺人はどうかな?


 午前2時に部屋に引き上げたオルツィはすぐにベッドにはいったものの、うまく眠れないまま、光のない空間に目を凝らしていた。
 中村千織は、オルツィにとってただ一人の友人だった。おなじ学部で、同じ年齢で、最初に大学の教室で出会った時から、何かしら自分に近しいものを感じていた。二人とも気が合い、互いの部屋を訪れたことも何度かあった。
 わたしのお父さんは変わった人で、角島という島に離れて住んでいるの、といつだったか千織は話していた。
 その千織が死んだ。そして、彼女が生まれ、彼女の両親が死んだこの島へ、自分たちはやって来た。
 冒涜ではない、追悼だ。そう自分に言い聞かせていた。


 目覚めは中途半端に訪れた。
 枕元に外しておいた腕時計を見た。8時。
 オルツィは身支度をして、洗面具を用意して、部屋を出た。
 まだほかに誰も起きている気配はない。
 きれいに片付けられた中央のテーブルの上に何か見覚えのないものがあることにオルツィは気づいた。
 そして、そこに並べられているものを認めるや、息をのんでその場に立ち尽くした。

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 今日の十角館の殺人はどうかな?


 お前たちが殺した千織は、私の娘だった。


 守須恭一は低いガラステーブルからその手紙を取り上げると、何度目かの吐息を漏らした。
 昨年の1月、ミステリ研究会の新年コンパの三次会。あの時守須は、同級の江南とともに途中で場を辞した。そのあとの、あれは出来事だった。
 封筒の裏に記された差出人の名は、中村青司。半年前、角島で殺害されたという男だ。守須にしてみれば、会ったことも顔を見たこともない人物だった。
 O市駅前の目抜き通りを抜けた、港に近い一角。巽ハイツという独身向けワンルームマンションの5階の一室である。
 守須はテーブルのセブンスターに手を伸ばした。
 (角島の連中は今頃何をしているだろう)
 壁際に置いたイーゼルに、描きかけの油絵が立ててある。色あせた木々に囲まれて、ひっそりと時を見つめる幾体もの摩崖仏たち。国東半島の、ほとんど人も訪れないような山の中で見つけた風景だった。まだ木炭のデッサンの上に薄く彩色した程度の状態である。
 そこへ電話のベルが鳴りだした。もう午前0時が近い。
 「やあ守須か」
 「ああ、ドイル」
 「その名前はよしてくれって言ってるだろう。昼頃には一度電話したんだけどな」
 「絵を描きに、バイクで国東まで行ってたんだよ」
 「そっか、お前のところにおかしな手紙が来てないか」
 「中村青司からのだろう?そのことで30分ばかり前に電話したんだよ」
 「やっぱり来てるのか」
 「今、どこにいるの。良かったらうちに来ないかい」
 「そのつもりで電話したのさ。近くまで来てるんだ。手紙の件で話したいことがあって、知恵を貸してほしいんだ」
 「貸すほどの知恵もないけど」
 「3人寄れば何とかってね。あ、つまり連れが一人いるんだ。一緒に行ってもいいだろう」
 「構わないよ。じゃ、待ってるから」


 「なんのつもりだか分からないけど、趣味の悪い悪戯だなと思って」
 「『お前たち』って書いてあるよね。だから、僕のところだけじゃないかもしれないとは考えていたんだ」
 「そっちのほうはどうも、コピーみたいだな、俺んちに来たやつがオリジナルってわけか」
 「多分これとまったく同じものが東の家にも届いている。電話して確かめてみた。それから中村紅次郎氏の許にも文面は少し違うが、同じ中村青司名義の手紙が来ていたんだ」
 「中村紅次郎というと中村青司の弟の?」
 「ああ、『千織は殺されたのだ』っていう文面だった、今日はね、彼を訪ねて別府まで行ってきたんだ。島田さんとはそこで知り合ったんだよ」
 「順を追って話してくれよ」と守須が言ったので、江南は今日一日の出来事を口早に語った。
 「相変わらず、好奇心に足が生えたみたいな奴だなあ」
 「いったい誰が、何のつもりでこんなものをばらまいたのか、どう思う」
 「告発、脅迫、そして角島事件に対する注意の喚起か。うん、なかなかいい線だと思うよ。
 あの島田さん、一つお聞きしたいんですが、去年の角島の事件が起きた時、中村紅次郎氏はどうしておられたんでしょう?」
 「それはアリバイといういう意味で?」
 「はん、いきなり鋭いアプローチをしてくるなあ。青司と和枝夫人を殺して一番利益を得る者は誰か。そりゃあ紅さんに決まっている」
 「そうです、失礼かもしれませんが、やはりまず疑われるべきなのは紅次郎氏じゃないかと」
 「しかし、守須君、その辺も警察も馬鹿じゃない。紅さんのアリバイももちろん洗われたよ。で。残念ながら彼には完ぺきな不在証明があった。
 9月19日の夜から翌朝にかけて、紅さんはずっと、この僕と一緒にいたんだな。珍しく電話が掛かってきてね、飲みにいかないかって。別府で夜中まで飲んで、そのあと僕は紅さんの家に泊ったんだ。朝になって事件の報せを受けた時も一緒にいた」
 「完璧ですね、たしかに」
 「もっと意見が聞きたいな、守須君」
 「そうですね。目新しい考えはこれといってはないんですけど、ただ当時新聞で事件の記事を読んだ時から、ずっと思っていることがあるんです」
 「何かな」
 「僕にはね、現場からなくなった和枝夫人の左手首、あれが事件の最大のポイントであるような気がするんですよ。もしもその行方が判明すれば、それですべてが見えてくるような」
 「ふむ、手首の行方ねえ」
 江南が「とろこで守須、研究会の連中が角島に渡ったのは知ってるか」と問うた。
 「うん。僕も誘われたんだけどね、やめにした。あんまり悪趣味だと思って」
 「連中、いつ帰ってくるんだ」
 「今日から1週間っている話だよ」
 「1週間もテントでか」
 「いや、つてができたんで、例の十角館に泊っているんだ」
 「そういやあ紅次郎氏は、あの屋敷を手放したって言ってたな。どうも胡散臭い感じがしてならないな。死者からの手紙が来て、それと入れ違いに死者の島へ向かう」
 「嫌な偶然ではあるね。気になるのならまず、あの三次会に参加した他のメンバーの家を全部当たってみることだろうね。東以外のところにもこの手紙が届いているかどうか、確認しておく必要があるだろう」
 「それはそうだな、春休みでどうせ暇にしてるしなあ。探偵ごっとに打ち興じてみるのも悪くない」
 「江南らしいね。それなら、ついでにどうだろう、角島事件のほうも、もうちょっと突っ込んで調べてみたら」
 「調べるって、具体的にどうやって」
 「例えば、姿を消した吉川っている庭師の家を訪ねてみるとか」
 「しかし・・・」
 「いや、コナン君」と島田が口を挟んだ。
 「そいつはなかなか面白いぞ。吉川誠一は安心院に住んでいたって言ったろう。そこには彼の細君がまだいるはずで、その細君っていうのは昔、角島の中村家に勤めていたらしいんだ。つまり、中村家の内部事情を知る唯一の生存者ってわけさ。」
 「住所はわかるんですか」
 「そんなもの、調べりゃわかるさ。コナン君は明日、午前中に手紙の確認をして回る。そのあと、午後から僕の車で安心院へ行く、どうだい」
 「OKです。守須は?お前も一緒に来たら」
 「行ってみたい気もするけど、あいにく今忙しいんだ。絵を描きに行っているって言っただろう」
 「国東の摩崖仏か、そういえばお前、好きだったっけな。何かコンクールにでも出そうと?」
 「いや、何となく思い立ってね。花が咲く前のその風景をどうしても描いてみたくなって。だから、このところ毎日あっちへ通い詰めなんだよ。
 とりあえず僕は、アームチェア・ディテクティブ(安楽椅子探偵)を気取らせてもらうよ」

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 今日の十角館の殺人はどうかな?


 窓際の1席に向かい合って座る。
 午後4時をまわっていた。朝から何も食べてないことを思い出して、江南はコーヒーと一緒にピザトーストを注文した。
 「さてコナン君、話の続きを聞かせてもらおうか」
 自分の頼んだアールグレイが来ると、それをポットからカップにゆっくりと注ぎながら、島田はおもむろに切り出した。
 「さっきも言ったように、単なる悪戯じゃないと思うんです。誰が何の目的でこんな手紙を出したのか、まるで見当がつかないっていうのが正直なところですね。ただ若干の分析が、まだできないこともないでしょう」
 「聞きたいな、それは」
 「つまりですね、たとえば僕のところに来た手紙の文面に、この送り主がどんな意味を込められているのかを想像してみると、3つほどのニュアンスが読み取れると思うんです。
 第一はこの文章がいちばん強調している『千織は殺されたのだ』という告発の意味合いですね。第二は第一から派生して、だから俺はお前たちを憎んでるぞ、お前たちに復讐してやる、というふうな脅迫の意味合い。そして、こういった告発文・脅迫分の主として最もふさわしい中村青司という名前が利用されることになった」
 「なるほど、三つ目は?」
 「第三は、前二つとは違った角度から見た場合で、この手紙に込められた裏の意味、みたいなものです」
 「裏の意味?」
 「なぜこの送り主は、今頃になって中村青司なんていう死者の名を持ち出してきたのか。脅迫文に凄みをつけようと思ったとしても、今どきそれを真に受ける者はいないでしょう。
 そこで思うに、去年の角島の事件にもう一度注目しろっている、僕たちに対する遠回しなメッセージなんじゃないかな、と」
 「いや、面白いと思うな。角島事件再考、再考の余地は大いにありそうだからね。コナン君、君じゃどのくらい知っているのかな」
 「新聞で読んだだけですから、あんまり詳しくは」
 「なら僕が知っているところを話しておいたほうがいいね」
 「ええ、ぜひ」
 「時は昨年9月。所は角島の通称青屋敷。殺されたのは中村青司と妻の和枝、使用人夫婦の計4人。それと行方不明の庭師が1人いる。犯行後の放火によって屋敷は全焼、犯人はまだ捕まっていない」
 「確か、行方不明の庭師が犯人と目されているんでしたね」
 「そう、けれどの決定的な証拠があるわけじゃない。姿を消したら怪しいという、結局はその程度の話だと僕は思う。
 さて、事件の詳細だが、まず屋敷の主人である中村青司について、少し説明しておく必要があるだろうな。当時、青司は、紅さんよりも3つ年上だから、46歳だね。とうに引退していたが、彼はかつて知る人ぞ知る、一種天才肌の建築家だった」


 中村青司は大分県宇佐市の資産家、中村家の長男として生まれた。高校卒業後、大学に行くために単身上京。T大学の建築学科に在学中、早くも全国レベルのコンペで賞をさらい、関係者の注目を集めたという。卒業後は、担当教授から大学院への進学を強く勧められたが、機を同じくして父親が急逝、郷里に帰ることを余儀なくされた。
 父親が遺した中村家の財産は莫大な額に上った。弟の紅次郎とともにそれを相続した青司は、まもなく角島に自らの設計による屋敷を建て、早々と半ば隠居を決め込んでしまう。


 「夫人の和枝は、旧姓を花房といって、宇佐に住んでいたころの幼馴染だったらしい。早くから両家の間で約束が取り交わされていた、許嫁同士だったとも聞くね。青司が角島へ渡るとほぼ同時に、二人は結婚した」
 「その後、建築の仕事はしなかったんですか」
 「するにはしていたが、半分道楽みたいなものだった、と紅さんは言ってたな。気に入った仕事だけ気の向いたときに引き受けて、自分好みの意匠を徹底的に凝らしてね、風変わりな家ばかり建てていた。そいつがまた、あちこちの好事家の間でめっぽう評判になったりして、わざわざ遠くから島を訪れる者も多くいたっていう」
 「ふうん、変わった人物だったんですね」
 「紅さんも、道楽で仏教学なんかやっててけっこう変わった男だが、その彼が『兄は変人なんだ』ときっぱり言うんだから間違いない。兄弟の仲はあまり良くはなかったみたいだけれども。
 さて、角島の屋敷にはほかに、北村という使用人夫妻が住み込んでいた。夫は屋敷の雑用と、本土との連絡に使うモーターボートの運転、女房のほうは家事全般を任されていた。もう一人は問題の庭師だね。この男は吉川誠一といって、普段は安心院のあたりに住んでいた。月に一度数日間泊りがけで仕事にくることになっていて、ちょうど火災の3日前から島に来ていたらしい。
 次に事件の状況だが、発見された死体は全部で4体。火事のせいでどれも黒焦げになっていたから、鑑識もかなり手こずったっていうね。
 北村夫妻は寝室で、頭を叩き割られて死亡。凶器と目される斧が同室で発見されている。また両名とも縄で縛りあげられていた形跡があった。死亡推定時刻はどちらも9月19日、火災前日の午後以降。
 中村和江は寝室のベッド下で、首を絞められて死亡。何か紐状の凶器で絞殺されてものらしい
。死体は左の手首から先が欠損していたが、これも死亡時に切断されたものと考えられる。切り取られた手首の行方は今もって不明。死亡推定時刻は9月17日から18日の間。
 中村青司は、和枝と同じ部屋で、全身に灯油を浴びせられ、焼死していた。死体からは多量の睡眠薬が検出されたが、これは他の3人の死体についても同様だった。死亡推定時刻は9月20日未明の火災時。
 火災の火元は屋敷の厨房と思われる。犯人はあらかじめ屋敷中に灯油をまいたうえで、ここに火を放ったのである。
 警察の見解は知っての通り、現時点ではほぼ、姿を消した庭師の吉川誠一が犯人だといういうところに落ち着いている。不明瞭な点はいくつもあるんだけどね。
 たとえばそう、和枝夫人の左手首の問題。吉川は何のために夫人の手を切り取り、それをどこにやってしまったのか。それから、逃走経路の問題もある。島に1隻しかないモーターボートは、入江に残されたままだったんだ。4人もの人間を殺害したあと、9月も下旬の海を泳いで本土へ渡ったなんて、ちょっと考えにくいだろう。
 動機。これには二つの説がある。
 一つは青司の財産目当ての、いわば強盗節。もう一つは吉川が和枝夫人に横恋慕していた、あるいは夫人と密通していた、という説。おそらくその両方だろう、というのが大方の意見だね。
 吉川はまず、屋敷の者全員に睡眠薬を飲ませ、眠らせてしまったから犯行に取り掛かった。北村夫妻を縛り上げ、青司も同様にしてどこかの部屋に監禁する。そして和枝夫人を寝室に運び、己の欲望を満たした。最初に殺されたのはこの和枝夫人で、他の3人よりもまる1日か2日、死亡時刻が早い。殺されてしまってから死体を犯した形跡も、決定的にではないが見られたというね。次に殺されてのは北村夫妻。それまでずっと薬で眠らされ続けていたと思われる。で、最後に青司だ。眠らせた状態で灯油をかけ、そのあと厨房に行って火を点けた」
 「ねえ島田さん。犯人はなぜ青司をそんなにあとまで生かしておいたんでしょうか。北村夫妻についてもそうです、どうせなら、早くに始末してしまったほうが安全でしょう」
 「建築家としての中村青司の特徴が関係してくるんだよ」
 「建築家としての?」
 「青屋敷にしても、その別館である十角館にしても、青司が設計したこれらの建物
には、かなり偏執狂っぽい、あるいは子供じみた、あるいは遊び心に満ちたともいえる、そんな彼の趣味が存分に反映されていたわけなんだが、そのうちのひとつに、いわゆるからくり趣味のようなものがあったというんだ」
 「からくり?」
 「どの程度のものか知らないけれども、特に燃えた青屋敷のほうには隠し部屋とか隠し戸棚、隠し金庫の類が随所に造られていたらしいんだな。そして、そういった仕掛けのありかを知っていたのが当の青司だけだったとしたら」
 「そうか、金品を盗むには、彼からそれを聞き出さなきゃならない」
 「その通り。だから、青司を早くに殺してしまうわけにはいかなかった。
 以上が、事件とその捜査状況の要点だね。庭師吉川の行方は目下まだ捜索中。見つかりそうな気配は今もってない。
 どうかな、コナン君。何か質問は?」
 (残された状況からの推測-もっと悪い言い方をするなら辻褄合わせ-にすぎたいのではないだろうか。
 この事件の最大の難点は、とにかく青屋敷が全焼してしまったところにある。そのため、現場から得られる情報が本来よりも著しく少ないのだ。加えて、事件当時あるいは事件前の島の模様を語ってくれる生存者の不在・・・)
 「難しい顔をしているね、コナン君。じゃあ、僕の方から一つ尋ねるとしようか。
 千織っていう娘についてさ。紅さんに姪がいるってことは知っていたし、学校へ行く都合で和枝夫人の実家に預けられていたことも聞いている。その娘が去年、不慮の事故で死んでしまったという話も耳に入ってはいたんだが、詳しいところはよく知らないんだよ。中村千織というのはどんな娘だったんだろう」
 「おとなしい子でしたね。あんまり目立つほうじゃなくて、どこか寂し気な風情があって。僕はほとんど話をしたこと、ないんです。けど、気立てのいい子だったみたいで、例えばコンパなんかの時でも、よく気がついて雑用ばかりしてました」
 「彼女が死んだのはどんな事情で?」
 「去年の1月、ミステリ研の新年会で、急性アルコール中毒が原因となって。普段は彼女、コンパがあっても一次会だけで帰っていたんですけど、あの日は三次会まで、僕たちが無理に誘って。悪いことをしました。もともと体が弱かったらしいんですね。なのに、みんなが調子に乗って、無茶な飲み方をさせたらしくて」
 「させたらしい?」
 「僕もあの日、三次会まで行くには行ったんですけど、ちょっと用があったもので、もう一人の守須っていう友達と一緒に早めに切り上げたんです。その後の事故でした。いや、事故じゃなくて僕たちが殺したのかもしれませんね」
 「今夜は暇から、コナン君。どうだいこれから夕飯がてら一杯、ひっかけにいかないかい」
 「でも」
 「僕が奢るよ。その代わり、ミステリの話し相手になってほしいんだなあ」
 「ええ、喜んで」
 「よし決まった」
 「ところで、島田さん。まだ聞いていなかったと思うんですけど、紅次郎さんとはどういうお知り合いなんですか」
 「紅さんは大学の先輩なんだよ」
 「じゃあ、島田さんも仏教学を」
 「実を言うと、僕の家はO市の外れて寺をやっててね。3人兄弟の末っ子でね、親父は還暦を過ぎてもまだまだ意気盛んだし、今のところはミステリを読んで、中で死人が出る度にお経をあげるくらいしかすることがない」

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 今日の十角館の殺人はどうかな?


 今日中に済ませたい仕事があるから、と言われ、江南は紅次郎にいとまを告げた。
 紅次郎は、近くの高校で社会科の教師を務める傍ら、仏教学の研究をしているのだという。
 島田は揺り椅子からぴょこんと立ち上がって、跳ねるような足取りで江南の側までやってくると「カワミナミ君、どんな字書くの」と問うた。
 「揚子江の江に、東西南北の南です」
 「いい名前だねえ。紅さん、じゃあ僕もそろそろ失礼するとしよう。一緒に出ようじゃないか、江南君」


 紅次郎の家を出て、江南と島田は並んで歩く。
 「コナン君、何で君はミステリの研究会をやめたんだろうか。思うにそれは、そのクラブの気風が肌に合わなかったからだ、違うかい」
 「正解ですよ」
 「したがって、君は別に、ミステリそのものに興味がなくなったわけじゃないということだ」
 「ミステリは今も好きですよ」
 「僕も、仏教学よりミステリが好きだ。さてコナン君、お茶でも飲みに行こうじゃないか」
 「はあ」
 「しかしコナン君、君も変わった男だねえ。ただの悪戯かもしれない1通の手紙のために、こんな遠方まで一人で出向いてくるんだから。まあもっとも、僕が君と同じ立場にあったとしても、きっと同じ行動を取っただろうな。
 どう?君は他意のない悪戯だとと思う?」
 「幽霊が手紙を書いただなんて思いませんよ。誰かが死者の名を騙って書いたんでしょう。ただの悪戯にしては念が入りすぎている」
 しばらく歩いていると、島田が指さした。
 「あの店に入ろう」

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 今日の十角館の殺人はどうかな?


 K大ミステリ研究会の面々が角島に向かって船出したS町から、、バスで半時間、加えて列車で40分ほどの場所にO市がある。直線距離にして40キロ足らずといったところだが、さらに4つばかり先の亀川という駅で下車すると、江南は駅前から山手へ向かう道を速足で歩いた。
 千織の祖父宅に電話を掛け、亡くなった彼女の大学の友人だと告げると、恐らく住み込みの家政婦から誰かだろう、気さくな中年女性が質問に答えてくれた。
 それとなく千織の父親が角島の中村青司と同一人物であることを確認した後、江南は青司の実弟、中村紅次郎の住所を聞き出すのに成功した。
 紅次郎は別府の鉄輪に住んでいるのだという。地元の高校で教鞭を執っており、今は春休みだからたいてい家にいるはずだともいう。
 別府は以前、江南の実家があった街で、土地勘があった。
 電話で聞いた番地を頼りに歩き回るうち、やがて大した苦労もなく、目当ての家は見つかった。
 落ち着いた趣の平屋だった。
 江南は格子戸の入った門をくぐり、石畳を玄関まで進んだ。深呼吸を一つして、呼び鈴のボタンを押す。
 「どちらさん?」
 現れたのは、この日本建築にあまりそぐわないいでたちの男だった。白い開襟シャツに茶色のカーディガン、チャコールグレイのフラノのズボン。無造作に撫で上げた髪には、わずかに白いものが混じっている。
 「中村紅次郎さんですか」
 「そうですが」
 「あの、僕は、亡くなった中村千織さんと大学で同じ研究会にいた江南というものなんですが、突然お尋ねして申し訳ありません」
 「私にどんな御用です」
 「実は今日、妙な手紙が来ました」
 江南は例の手紙を封筒ごと差し出した。
 紅次郎は手紙を受け取ると、整然と並んだ宛名書の文字に視線を落とした。
 「とにかくまあ、お上がんなさい。友人が一人来ているけれども、気を遣わなくていいから」


 江南は奥の座敷に通された。
 「島田、お客さんだよ」
 庭に面した縁側に藤製の揺り椅子があり、そこに紅次郎の言った友人が座っていた。
 「K大の推理小説のクラブの江南君。こっちは私の友人で、島田潔」
 島田は勢いよく立ち上がったが、そのはずみで大きく揺れた椅子の脚に自分の足をぶつけてしまい、低くうめいてまた椅子に落ちた。
 痩せて背の高い、やたらと細長い男で、江南はとっさにカマキリを連想した。
 「あのう、研究会のほうは去年退会したんですが」
 「だ、そうだ」
 「で、その君が何だって紅さんのところへ」
 「これだよ」と紅次郎が言って、江南が持ってきた手紙を島田に渡した。
 紅次郎は、「実はね、江南君。同じような手紙が私にも来ているんだよ」と言って、奥の書斎机に歩み寄り、デスクマットの上から1通の封書を取り出し、江南に手渡した。
 江南の許に届いたのと同じ封筒、同じ消印、同じワープロの文字だった。そして差出人の名はやはり中村青司。
 手紙は『千織は殺されたのだ』と書かれており、江南宛ての手紙とは文面は異なっていた。
 「私も驚いているんだよ。まあ、たちの悪い悪戯だろうとは思うが。さっきも島田と話していたんだ。世の中には暇な人間がいるもんだとね。そこへ君がやってきた」
 「僕だけじゃなくって、どうやら他の会員のところにも同じものが行ってるみたいなんです」
 「ほう」
 「まさか、お兄さんが生きてらっしゃるというようなことは?」
 「ありえないね。知っての通り、兄は去年の秋に死んだ。私は死体の確認もさせられている。ひどい有様だったがね。悪いけれども江南君、あの事件のことはもうあまり思い出したくないな」
 「すみません。手紙の内容についてはどう思われますか」
 「千織の不幸については私も聞いているが、あれは事故だったと思っているよ。千織は私にとっても可愛い姪だったからね、殺されたこのだと、そういう気持ちもわかるが、だからと言って君達を恨んでみても仕方ない。むしろ、悪戯で兄の名を騙って、こんな文書をばらまく行為の方が許せないな」
 「ところで、うちの研究会の連中が今、角島に行ってるんです。ご存じでしたか」
 「いいや。あそこの土地と屋敷は私の死後、私が相続したんだがね、先月S町の業者に売ってしまった。かなり買い叩かれたが、もう二度と行く気も起きまいし、その後のことは知らんよ」

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 今日の十角館の殺人はどうかな?


 お前たちが殺した千織は、私の娘だった。


 昨夜友人の下宿で徹夜で麻雀をしていた江南孝明が、午前11時に部屋に戻った時、郵便受けにこの手紙が入っていたのだ。
 何の変哲もない茶封筒で、消印の日付は昨日の3月25日。発送場所はO市内のようだ。手紙の文字はすべてワープロ打ちだった。
 差出人の住所はなかったが、中村青司という名前だけが記されていた。
 江南には「千織」という名前に見覚えがあった。おそらく中村千織のことだろう。そして、その父親が中村青司か。


 江南はK大学の3回生で、去年の春までミステリ研究会に所属していたが、今は辞めてしまっている。
 昨年の1月、当時江南が所属していたミステリ研究会で新年会が催された。
 千織はこの研究会の後輩で、当時1回生だった。
 この新年会の三次会の席上で、千織は死んだのだ。
 江南は用があり途中で店を出たが、そのあとのことだ。千織は急性アルコール中毒から持病の心臓発作が誘発され、救急車で病院に運ばれたが、すでに手遅れの状態だった。
 葬儀には江南も参加した。
 千織はO市内にある母方の祖父の家に住んでおり、葬儀もそこで執り行われた。だが、あの時の喪主の名前は青司ではなかったように思う。そういえば、あの葬儀の場に父親らしき姿は見当たらなかったように思う。
 では、千織の父を名乗る人物がなぜ、身も知らぬ自分のところにこんな手紙をよこしたのだろうか。
 考えて江南は、はっとして、趣味で続けている新聞のスクラップをまとめたファイルを取り出した。
 『角島青屋敷炎上 謎の四重殺人』
 「死者の告発か」


 江南は、ミステリ研究会の仲間だった東一の自宅に電話すると、母親から、今朝からミステリ研究会のメンバーと角島に旅行に出かけている、と聞かされる。
 そして、中村青司からの手紙のことを尋ねると、来ているとのことだった。


 江南は、この電話の前にあの三次会に居合わせたメンバーのところに電話していたが、どこも留守だったのだ。

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 今日の十角館の殺人はどうかな?


 夕刻、エラリイが一人で十角テーブルでトランプをいじっていると、部屋からアガサが出てきた。
 「どうしたの、エラリイ。一人でトランプなんかいじって」
 「最近ね、ちょっと凝ってるのさ。カードと言えばマジックさ」
 「じゃ、何かやってみせてよ」
 「それじゃあ、こっちへ来て、そこへ座って」
 アガサが広いテーブルを挟んだ斜め向かいの椅子に腰を下ろすと、エラリイはカードを揃えてテーブルに置き、もう一組のカードを上着のポケットから取り出した。
 「さて、ここに赤と青、裏の色が違う2組のカードがある。今から、このうちの片方をアガサが、もう片方が僕が使うことになるんだけれども、どっちか好きなほうを選んでくれる?」
 「青にするわ」
 「よし、それじゃあ青のほう、このカードを君が持って」
 エラリイはテーブル越しに青裏のデックを渡した。
 「まず何の仕掛けもないことを検めてから、好きなだけ切り混ぜて。僕はこっちの赤裏のカードをよく混ぜるからね」
 入念のシャッフルしたデックを、エラリイはテーブルに置いた。
 「ここで一度、デックを交換しよう。青いほうをこっちに渡して。赤いほうを君に。次に、その中から好きなカードを1枚、抜いて覚える。僕も、いま君が切ったカードの中から1枚覚えるから」
 「好きなのを1枚ね」
 「そう、覚えたかい。じゃ、それをデックの一番上に戻して。そして僕と同じように1回カットする。うんうん、よし、それを2、3回繰り返す」
 「これでいいかしら」
 「上出来だよ。そしたら、もう一度デックを交換して」
 アガサの手が再び、青裏のデックが渡った。
 「今僕たちは何をしたのかっていうと、ばらばらに切り混ぜた2組のカードから、それぞれ勝手な1枚を抜いて覚え、元に戻してまた混ぜただけだね」
 「ええ、確かに」
 「じゃあ、そっちのデックの中から、さっき君が覚えたカードを探し出してくれないから。そしてテーブルに伏せて置く。僕はこっちのほうから、僕が覚えたカードを探すから」
 まもなくテーブルの上に、青と赤、2枚のカードが抜きだされた。エラリイは一呼吸おいてから、アガサに2枚のカードを裏返すように命じた。
 「本当にぃ」
 アガサが驚きの声を上げた、2枚の表には、どちらにも同じスートとナンバーがあったのだ。
 「ハートの4、か。なかなか気が利いていると思わないか」


 陽が落ちると、十角形のテーブルの中央でアンティークな石油ランプに火が灯された。電気が切れていると聞いて、ヴァンが持ってきておいたものである。ホール以外の各部屋には、太い蝋燭がたくさん用意されていた。
 夕食が済んだころには、時刻はすでに7時をまわっていた。
 「ねえ、エラリイ。さっきの手品のタネ、どうして教えてくれないの」
 「何度言ってもダメだよ。マジックにタネ明しは禁物」
 「アガサ先輩、エラリイさんの手品の相手をさせられたんですか」
 「あら、ルルウは知ってたの?」
 「知ってるも何も、さんざん練習台になってますからね」
 「おいおい、ルルウ」
 「何を見せたんですか」
 「簡単なやつをね」
 「だったらいいでしょ、タネを教えてよ」
 「簡単だからタネ明しをしてもいいってもんじゃないさ。最初に見せたのなんかは特にね。子供でも知っているような初歩的なトリックなんだけど、問題はタネそのものじゃなくって演出、それとミスディレクション」
 エラリイは、カップに手を伸ばし、ブラックのまま一口啜った。
 「あれとほぼ同じとりっくをね、『まじっく』っていう映画の中で、アンソニー・ホプキンス扮するマジシャンが、昔の恋人を相手に見せるくだりがあるんだ。そこでは普通の奇術としてじゃなく、ESPの実験として演じられてたね。お互いの心が通じ合ったいればカードは一致するはずだっていう設定でき、それをきっかけにマジシャンは相手を口説き落とそうとするわけなんだけど」
 「で、エラリイは同じようにしてあたしを口説くつもり、なかったわけ?」
 「残念ながら、女王様を口説くような度胸は、今のところ僕にはないよ」
 エラリイは指をかけたままいたコーヒーカップを持ち上げて、しげしげと眺めながら言った。
 「ぜんぜん話は変わるけど、昼間も言ってた中村青司、つくづく凝り性な男だったんだな。このカップなんか見てると、うすら寒い気もしてくるね」
 洒落たモスグリーンのカップである。厨房の食器棚にたくさん残っていた品の一つだが、注目すべきはその形だった。これもまた、建物と同じ正十角形なのである。
 「特注で作らせたんだろうな。その灰皿も、さっき使った皿もそうだったね。何から何まで十角形だ。どう思う、ポウ」
 「確かにいささか常軌を逸していると思うが、金持ちの遊びというのはたいがいそういったところがあるものだろうし」
 「十角館はみんな好みのいいところだけど、島自体には本当に何もないのね」
 「そうでもない」とポウがアガサに応えて、
 「焼け跡の西側にある崖の下が、手ごろの岩場になっててな、階段も造ってあって海辺まで下りられる。あんがい釣れるかもしれん」
 「そういうえばポウ先輩、道具を持ってきてましたっけ。明日は新鮮な魚が食べらえるますかねえ」とルルウがぺろりと唇を舐めた。
 この時、ポウが隣席で俯いているヴァンの顔を覗き込んだ。
 「気分が悪いのか」
 「ちょっと頭痛がして」
 「顔色が良くない。熱もあるな」
 「悪いけど、先にもう、寝させてもらっていいかな」
 「そのほうがいい」
 「じゃあ」
 ヴァンはゆっくりと椅子から立ち上がった。
 「みんな構わずに騒いでくれていいから。物音は気にならないほうだし」
 おやすみの挨拶を交わして、ヴァンが自分の部屋に引っ込む。ドアが閉められ、カチッ、と小さな金属音が響いた。
 「嫌らしい奴だな。これ見よがしに鍵を掛けるか。自意識過剰な女じゃあるまいし」とそれまで黙りこくって膝をゆすっていたカーが、低く言い捨てた。

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 今日の十角館の殺人はどうかな?


 てきぱきと洗い物を片付けているアガサと、横で手伝うオルツィ。
 「あら、オルツィ、素敵な指輪ね。今までそんなの、嵌めてたっけ」
 「ううん」
 「誰かいい人に貰ったのかな」
 「そんなんじゃないわ」
 そう言いながら、オルツィは島へ行くことを決めた時のことを思い出す。
 (冒涜ではなく、死者に対する追悼のため、わたしは島へ行くのだから)
 「相変わらずね、オルツィ」
 「え」
 「いつもあなたは、そうやって自分の内側に閉じこもってる。会誌に載ったオルツィの作品を読んでると、あなたって、自分の書く小説の中じゃ、あんなに生き生きとして、明るくって。なのに・・・」
 「夢の中だから。わたし、現実は苦手なの。現実の自分が嫌だから、好きじゃないの」
 「何言ってるの。もっと自信を持たなきゃ駄目。あなたって可愛いのよ。自分で分かってないだけなんだから。そんなに俯いていないで、堂々としてなさい」
 「いい人なんだ、アガサ」


 ポウは一人で、焼け跡の先の林の中に分け入っていったが、エラリイ、ルルウ、ヴァンの3人は青屋敷跡にまだ残っている。
 「せっかく7日間もあるんですから、とにかくお願いしますよ」
 「おいおいルルウ、冗談だろ」
 「僕はいつも、至って真面目ですよ、エラリイさん」
 「しかし、そう急に言われても・・・なあ、ヴァン」
 「エラリイに同感」
 「だからぁ、例年よりも早く、4月の中旬までに『死人島』を出したいんですよ。せっかく編集長になるんだから、僕もそれなりに頑張ろうと思ってるんです。その最初の仕事で会誌がペラペラ、なんていう事態は絶対に避けたいですからね」
 文学部2回生のルルウは、この4月からミステリ研究会の会誌『死人島』の編集長を務めることになっているのである。
 エラリイは、法学部の3回生で、『死人島』の現編集長でもある。
 エラリイはセーラムを取り出し、封を切りながら言った。
「そういう時はカーをおだてるんだよ。内容はともかく、我が研究会一の量産家だからね、あいつは」
 「そういえば、カー先輩、ご機嫌斜めみたいですね」とルルウがいうと、エラリイがふふっと笑いながら答えた。
 「そういえば、カー先生、つい最近アガサに言い寄って、あっさり振られたらしい。で、今度はオルツィにちょっかいをかけたら、これまた相手にしてもらえなかったらしいんだな」
 「面白いわけないですねえ。自分を振った相手が、2人揃って同じ屋根の下じゃあ」
 「だからルルウ、よっぽどうなくおだてなきゃ、カーの原稿は貰えないぜ」


 カーが十角館の裏手から松林に入り込む小道を進んでいくと、崖の上に出た。
 そこにはポウが立っていた。
 「カーか。島の北岸だ。あれが、猫島らしいな」と間近に見えるちっぽけな島を指さすと、カーは浮かない様子で「ふふん」と返事した。
 カーはエラリイと同じ法学部の3回生だが、1年浪人しているため、年齢的は1学年上のポウと同い年だ。
 ポウは印籠のように腰にぶらさげた樺細工の煙草入れからラークを1本取り出して咥えると、カーにも差し出す。
 「インテリの吸う煙草じゃないな。しかし、まあエラリイお坊ちゃんのメンソールに比べりゃ」
 「それだ、カー。お前がいちいちエラリイに咬みつくのもいけないんだぞ。奴に喧嘩をふっかけても、いいように茶化されてあしらわれるだけだろうが」
 カーは自分のライターで煙草に火を点け、ぷいと顔をそむけた。
 やがてカーは、途中まで吸ったラークを海に投げ捨てて、ジャケットからウィスキーのポケットボトルを取り出す。乱暴にキャップを開けると、ぐいと一口、喉に流し込む。
 「昼間っから酒か?あまり感心できんな」
 「おたく、まだあのことを気にしてるのかい」
 「分かってるのなら」
 「あれからどれだけ経つ?いつまでも気にしちゃいられないさ」
 そういってカーはまたボトルを傾ける。
 「面白くないのはエラリイだけじゃない。無人島へ来るのに女が一緒なのも気に食わないね」
 「サバイバルに来たわけじゃなかろう」
 「アガサみたいな高慢ちきな女とは一緒にいたくないんだ。おまけに、もう一人はオルツィ。あんな陰気で何の取柄もない」
 「そいつは穿ちすぎだろう」
 「おたくとオルツィは、そういや幼馴染だったっけな」


 十角館のテーブルには昼食の用意が整っている。ベーコンエッグに簡単なサラダ、フランスパン、コーヒー。
 「食事時に何ですが、改めて少しご挨拶をば」とルルウが話し始めた。
 「この十角館に来てみたいというのは、今年の新年会の頃から出ていた意見でした。しばらくして、この建物が伯父上の手に渡ったからと、ヴァンさんがわざわざご招待くださいまして」
 「別に招待したわけじゃないよ。行く気があるのなら、伯父さんに頼んでやってもいいって言っただけだから」
 「まあヴァンさんの伯父上は、御存じの通り、S町で不動産業を営んでおられます。手に入れたこの角島を近い将来、若者向けのレジャーアイランドに大改造しようという計画を持っておられる。とにかくですね、我々はそのための一つのテストケース、といった意味も兼ねて今日こうして、ここに来られる運びとなったわけです。ヴァンさんにはまた、朝早くから諸々の準備まで引き受けていただきまして、まずはお礼を申し上げねばなりません。どうもありがとうございました」
 ルルウは、ひょこりと最敬礼してみせた。
 「で、ここからが本題でありまして、今日この場に集まったのはいずれも、すでに卒業された先輩方から才能を見込まれて名前を頂戴して者ばかり。つまり、我が研究会の主要な政策人が一堂に会しているわけですが・・・」
 K大ミステリ研究会において、会員たちが互いにこういったニックネームで呼び合うのは、会の創設当時から受け継がれてきた一種の慣習であった。
 10年前にこの会を結成したメンバーたちは、ミステリマニアの持ち前の稚気から、当時はまだ少人数だった会員の全員に、欧米の有名作家の名にちなんだニックネームを付けた。その後、年々の会員増加に伴い、当然めぼしい作家名の数のほうが足りなくなってきたのだが、その打開策をして考えられたのか、名前の引継ぎという方法だった。すなわち、作家名を持った会員が卒業の際、選んだ後輩に自分の名前を引き継がせる、といったシステムである。
 おのずから各後継者の選定は、会誌における活躍ぶりを基準として行われるようになった。したがって、現在これらのニックネームを持つ者たちはそのまま、会の首脳陣でもあるわけで、それゆえ彼らが、何かにつけて集まる機会の多い顔ぶれであることも事実なのだ。
 「この強力メンバーがですね、今日から1週間、雑念が入る余地のないこの無人島で暮らすわけです。時間を無駄にする手はありませんよね。原稿用紙は僕の方で用意してきました、皆さん、4月発行の会誌のために、この旅行中に1作ずつ、ぜひともよろしくお願いします」
 ちょこんと頭を下げるルルウは、えへへと笑った。
 エラリイは、隣籍のヴァンに向かって「今度の編集長は喰えないね」とささやいた。

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 今日の十角館の殺人はどうかな?


 部屋割が決まった。





 ホールの壁は白い漆喰で、床は青い大ぶりなタイル張りで、土足のまま出入りするようになっている。
 十方から斜めに持ち上がった天井は中央で十角形の天窓を造っていた。
 その下には、白い十角形のテーブルと、そのまわりには白木の枠に青い布を張った椅子が10脚が置かれている。
 垂木から電球がぶら下がっているが、電気が切れているため、室内を照らすのは天窓からの自然光だけだった。


 理学部3回生のヴァンがホールでセブンスターを吸っていると、部屋からポウが現れたので、ヴァンは「コーヒーでも淹れてくるよ」と声を掛けて厨房に向かった。
 「悪いな、大荷物で大変だったろう」
 「そんなでもないよ。業者に手伝ってもらったから」
 そこへアガサが出てきて「なかなかいい部屋じゃないの。コーヒー?だったら、あたしが淹れてあげるわよ」と言いながら、厨房に入った。
 「あら、インスタントなの?」
 「リゾードホテルじゃないんだ。無人島なんだからね」
 「で、食料は?」
 「冷蔵庫の中だよ。火事の時に電線も電話線も切れちゃっててね」
 「水は出るのよ」
 「うん、上下水が来てて、開栓もしてある。あと、プロパンガスを持ってきて繋いでおいたから、コンロもボイラーも使えるよ」
 「ふうん、お鍋や食器も残ってるのね」
 「うん、包丁も3丁あるよ」
 そこへオルツィがやってきたので、アガサは、「手伝ってよ。全部きれいに洗わなきゃどうしようもない。手伝わないんなら、島の探検でも先にしてきて」と声を掛ける。





 アガサに追い出されたヴァン、エラリイ、ルルウ、ポウは青屋敷の焼け跡にやってきた。
 カーは先に一人で探検に出かけて、この場にはいない。
 屋敷跡には、建物の基礎がわずかに残っているだけで、あとは汚い瓦礫ばかりが散乱していた。
 「信じられますか、エラリイさん。つい半年前、この同じ場所で、あの壮絶な事件があった場所だなんて」とルルウが話を振る。
 「角島青屋敷、謎の四重殺人。9月20日未明、S半島J崎沖、角島の中村青司邸、通称青屋敷が全焼。焼け跡から、中村青司と妻の和枝、住み込みの使用人夫婦の計4人が死体で発見された。4人の死体からは、いずれも相当量の睡眠薬が検出され、しかもその死因が一様ではないと分かった。使用人夫婦は自分たちの部屋で、2人ともロープで縛り上げられた上、斧で頭を割られたらしい。当主の青司は全身に灯油をかけられており、明らかに焼死。同じ部屋で発見された和枝夫人は、何か紐状の凶器で首を絞められての窒息死と判明した。加えてこの夫人の死体は、左の手首から先を刃物で切り取られていたっていうね。そしてその手首は結局、焼け跡のどこからも発見されなかった。事件のアウトラインはこんなところかな、ルルウ」
 「あと、行方不明になった庭師っていうのがいましたっけ」
 「そうそう、事件の何日か前から泊まりで仕事にきていたはずの庭師の姿が、島のどこにも見当たらず、それっきり消息を絶ってしまったって話だね」
 「ええ」
 「これについては二つの見解がある。一つはこの庭師が事件の犯人で、それゆえに姿をくらましたのだという見解。もう一つは、犯人は別にいるという見解。庭師は犯人に襲われて島の中を逃げ回るうちに誤って崖から落ちて、そのまま潮に流されてしまった」
 「警察的には、庭師=犯人説が有力だったみたいですね。エラリイさんはどう思うんですか」
 「いかんせん、データが少なすぎるんだな。僕らが知ってることといえば、何日かの間騒ぎ立てたテレビのニュースや新聞記事の情報だけなんだから」
 そう言ってエラリイは建物跡の瓦礫の中に踏み込んでいき、手近に落ちていた板切れを持ち上げる。
 「どうしたんです?」とルルウが尋ねると、「消えた夫人の手首でも出てきたら面白いだろう」とエラリイは真面目くさった顔で答えた。
 「もしもこの島で、明日にでも何か事件が起こったら、まさにエラリイさんの好きな嵐の山荘ですよ。『そして誰もいなくなった』ばしの連続殺人にでもなったら、大喜びなんじゃないですか」とルルウがはなしを続けると、
 「望むところさ、僕が探偵役を引き受けてやるよ。どうだい?誰かこの私、エラリイ・クイーンに挑戦するものはいないかな」とエラリーは答えた。

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 今日の十角館の殺人はどうかな?


 船は、島の西側の入江に入った。
 両側は切り立った断崖、正面は急斜面で細い階段がジグザグに折れながら這い上がっている。
 「本当に一遍も様子を見に来んでもいいんかね。電話も切れてるだろうが」
 「大丈夫だよ、親父さん。医者の卵もいるくらいだらかさ」とエラリイが答える。
 髭面のポウは、医学部の4回生なのだ。
 「そんじゃあ来週の火曜、朝の10時に迎えにくるしな。気をつけなせえよ」


 長く急な石段を昇りきると、とたんに視界が開け、荒れ放題に荒れた芝生を前庭にして、白い壁と青い屋根の平たい建物が建っていた。
 「これが十角館か」と真っ先にエラリイが声を発した。
 ルルウは、「何と言いますか、もっと陰惨な雰囲気を期待してたんですけど」と言った。
 その時、正面の玄関の向かってすぐ左隣の青い鎧戸が開き、一人の男が顔を出した。
 7人目の仲間のヴァンだ。
 「やあ、みんな。今行くから、ちょっと待ってて」
 妙にしわがれた声でそう告げると、ヴァンは鎧戸を閉めた。
 ややあって玄関から小走りで出てきたヴァンは「悪いね、出迎えにいかなくって。昨日から少し風邪気味で、熱っぽいから横になってんだよ」と言った。
 ヴァンは、諸々の準備のため、6人よりも一足先に島に来ていたのだ。


 一行は十角館に足を踏み入れた。
 青い両開きの扉から中に入ると、玄関ホールだった。
 玄関ホールの奥の扉を開けると、等しい幅を持つ十面の壁に囲まれた大きな十角形の中央ホールだった。
 十角館は正十角形を地に描いた外壁の形状で、十角形の中央ホールのまわりを、10個の部屋が取り囲んでいる。
 玄関ホールの向かいの部屋が台所で、その左隣がトイレとバス。残り7部屋が客室だ。


 中央ホールには十角形のテーブルが置かれている。
 「これも十角形だ。殺された中村青司には、もしかして偏執狂の気があったんじゃないかな」とエラリイが言うと、ルルウが「そうかもしれませんね。焼け落ちた本館の青屋敷のほうは、床から天井から家具から、何から何まで青く塗られてたって聞きますよ」と応える。
 20年余り前、青屋敷という建物を建ててこの島に移り住んだ人物が、中村青司だ。当然のことながら、離れであるこの十角館を建てたのも彼だ。
 ヴァンが「みんな、自分の部屋を選んで。どれもおんなじ造りだから、揉めなくてもいいよ。鍵は鍵穴に差し込んでいるから。僕はお先にそこの部屋を使わせてもらってる」と、ドアの1枚を指さす。

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 十角館の殺人の読書開始!


 夜の防波堤で一人の男が思いつめている。
「計画はすでに出来上がっている。そのための準備もほぼ整えてある。あとはただ、彼らが罠に捕らえられるのを待つだけだ。
 何も知らずに、彼らはやって来る。何の疑いも恐れも抱かずに、自分たちを捕らえ裁く、その十角形の罠の中へ・・・彼らを待ち受けるものはもちろん、死だ。それが、彼らのすべてに対して例外なく科されるべき当然の罰なのだ」
 そして、彼は、実行を予定している計画の内容が記された宛先なしの告白の手紙をガラス瓶に入れ、しっかり栓をしてから海に放り投げた。


 ひょろりと背の高い、色白の好青年のエラリイが演説を始める。
 「僕にとってのミステリはあくまでも知的な遊びの一つなんだ。小説という形式を使った読者対名探偵の、あるいは読者対作者の、刺激的な論理のゲーム。それ以上でも以下でもない。
 だから、一時期日本でもてはやされた社会派式のリアリズム云々は、もうまっぴらなわけさ。1DKのマンションでOLが殺されて、靴底をすりへらした刑事が苦心の末、愛人だった上司を捕まえる、やめてほしいね。ミステリにふさわしいのは、時代遅れといわれようが何だろうがやっぱりね、名探偵、大邸宅、怪しげな住人たち、血みどろの惨劇、不可能犯罪、破天荒なトリック、絵空事で大いにけっこう。要はその世界の中で楽しめればいいのさ。ただし、あくまで知的に、ね」
 しゃくれ顎のカーが反論する。
 「どうも鼻につくな。俺は好きじゃないね、エラリイ。おたくのその、知的知的ってセリフは。選民思想だな。読者の皆様全部が、おたくと同じように知的にできていらっしゃるわけじゃない」
 「つねづね嘆かわしいことだと思っているよ。うちの研究会でさえ、必ずしもみんなが知的だとは限らないもの。中にはやまいだれ付きのい奴もいる」
 「喧嘩を売る気か!」
 「僕も君がそうだとはいってない。それに僕の言う知的とは、遊びに対する態度の問題なんでね。いいたいのは、遊びを知的に行う、その精神的はゆとりが持てるかどうかってこと」
 カーがそっぽを向いたので、エラリーは今度は、童顔に丸眼鏡の小男のルルウに話しかける。


 一行がいるのは海原を走る漁船の上。
 大分県の東岸に突き出したS半島J崎の袂にあるS町のひなびた港を出発した船は、約5キロの先の海上に浮かぶ小さな島を目指していた。


 漁師が、大柄で顔下半分を覆った濃い髭のポウに話し掛ける。
 「あんたら、本当に変わった学生なんだな。さっきから聞いていると、ヘンテコな名前ばっかりだろ」
 「まあその、あれはあだ名みたいなもので」


 漁船には漁師父子と、6名の乗客が乗っていた。
 乗客は、大分県O市にあるK大学の学生で、ミステリ研究会のメンバーで、仲間内でニックネームで呼び合っていた。
 そのニックネームはミステリ作家の名前に由来し、4人の男子学生が、エラリイ、カー、ルルウ、ポウ、2人の女子学生が、アガサ、オルティと呼ばれていた。


 漁師が野太い声を張り上げた。
 「ほら、ご覧なさい。角島の屋敷が見えてきたでしょうが」
 小さな平たい島で、垂直に近い絶壁が海から生え、その上をもっこりと黒っぽい緑が覆っている。
 四方を断崖絶壁に囲まれたこの島には、小型の漁船がやっと横付けできるだけの狭い入江が一つあるだけで、今から20年余り前、青屋敷なる風変わりな建物を建てて、移り住んだ人物がいたのだが、現在はまったくの無人島になっているという。
 「あの崖の上にちらっと見えてるのがそうね」
 ソフトソバージュの長い髪のアガサが、声を上げた。
 「あれば焼け残った離れでさぁ。母屋のほうは、きれいに焼け落ちちまったって話ですがね」
 「あれが十角館」
 「あんたらもせいせい気ぃつけなよ。島にゃあ、出るそうですぜ。幽霊だよ。ほれ、殺された中村某とかって男の。こいつは聞いた話だがね、雨の日なんぞに島のそばを通ると、あそこの崖の上にぼーっと白い人影が見えるとさ。ほかにも誰もおらんはずの離れに明かりが点いてたとか、焼け跡の辺りで人魂を見たとかな、島のほうへ釣りにいったボードが幽霊に沈められたとか」
 6人のうち怯えている様子なのはオルティだけで、アガサは嬉しそうにつぶやいた。
 「幽霊くらい出てもいいわよね。何しろあんな事件のあった場所だもの」
 現在時刻は、1986年3月26日水曜日午前11過ぎ。

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