
Never 7 - The End of Infinityのプレイ開始!
重く垂れ下がった手には、小さな光の欠片が握りしめられていた。
鈴か。
鈴の底には細長い音孔が刻み込まれ、鈴の頂には色あせた紅色のひもが結ばれていた。
やがて、鈴は手のひら零れ落ちた。
オレは彼女の胸に泣きすがりながら、小刻みに激しく体を震わせていた。
腕の中に冷たく濡れた肌の感触・・・硬直した細い肢体・・・
もはやそれは動かない。
4月6日土曜日、オレは彼女を失った。
すべてのはじまり
ガバっと布団を蹴飛ばして目が覚めた。
(そうだ、オレは合宿に来てたんだった)
ゆっくりと状態を起こし、ベッドサイドに腰をかける。
左手を持ち上げ、腕時計を見やった。
デジタル時計の文字盤には『1日 MON 09:17』と表示されている。
(それにしても嫌な夢を見たもんだ。だけど、あれは本当に夢だったのか?
『4月6日土曜日』、5日後か)
と、その時、壊れてしまいそうなほどの暴力的な勢いで、部屋のドアが開け放たれた。
そこに立っていたのは、誰だっけ?
「どういうこと・・・どうして?」
「はい」とオレは答えた。
- ニッコリ微笑んでみる
- 「何かあった?」と穏やかに聞いてみる
言いながら視線をさ迷わせる彼女。ひどく混乱しているようだ。
「大丈夫?ひょっとして、寝ぼけてた?」
オレはそう言って、冷やかすように笑ってみせた。
「寝ぼけて・・・うん、そうだったみたい」
「どんな夢だったの?」
「それがあんまりよく覚えていないんだよね。ついさっきまでは覚えてたような気がするんだけど」
「よくあるよな、そういうこと。例えば、夢の中で大笑いして目覚めたんだけど、何がそんなに面白かったのか思い出そうとしても全然思い出せないとかね」
「そう、そんな感じ。でも、私の場合は愉快な感覚なんかじゃなくて・・・絶望感だったと思う」
(そういえば、オレが今朝見たのも、ひどく嫌な夢だったっけ)
「でも良かったぁ。夢で良かったよ、本当に」
「じゃ、覚えてるんじゃないか」
「ううん、そういうんじゃなくて・・・正確に言うと、夢が終わってくれて良かったなぁ、って。よく覚えてないけど、とにかく最低な夢だったってことは確かだから。
ゴメンね、いきなり押しかけちゃって」
「いや、別に。オレもちょうど起きたところだから」
「ちょっと恥ずかしいよね。いきなり訳わからないこと言ったりして・・・これじゃなんか夢遊病の人みたいだよ。
このことは無かったことにしといて。誠と私だけの秘密ってことで」
オレが軽く頷くのを確認して、彼女は部屋を出て行った。
(?誠って!昨日会ったばかりだってぇのに、いきなり呼び捨てかよ。
えーっと、彼女、名前何て言ったっけな?
そうだ、優夏だ。で、苗字は川島だったかな。)
『おはよう』の決着を
オレはリビングに向かった。
天井は吹き抜けで、長方形に広がった開放的な空間だ。
南側には大きな窓ガラスがある。そのガラスの遥か彼方には広大な海原を眺望することができた。
人は誰もおらず、オレはソファにでも座ろうと思い、そこに近づいた。
ふと、ソファの上に置かれたアルミ製の灰皿に目が留まった。灰皿の中には吸殻が1本転がっていた。
オレは灰皿を手に取り、目の前のテーブルの上にどかした。そして、柔らかなソファに身を沈めた。
背もたれに体を預け、ぼんやりと海を眺めながらオレは
- 脈絡なく思いを巡らせる
- ただただボーっとする
ゼミ合宿。
ほとんど授業に出ていないせいもあって、オレは大学の諸々のシステムに関して、あまりよく理解していない。
先月の頭、後期試験の結果と進級の可否を確認するため、大学の掲示板を覗いたところ、文学部心理学科ゼミ所属名簿なるものが貼り出されていて、オレが『ナントカゼミの第5班:川島班』に配属されたことを知った。
で、その名簿の隣にはもう1枚張り紙があって、『ナントカゼミの各班は、以下の日程において各班員の親睦会を兼ねたゼミ合宿を行う。尚、都合により参加できない者は、その旨報告するように。報告なく無断で欠席した場合、理由の如何を問わず、その者を即刻除名処分とする』と書かれていた。
我が川島班に指定された合宿日程は、3月31日日曜日~4月7日日曜日。
文書の最後には、『その他の詳細に関しては、各班長の指示に従うこと。以上』とあった。
川島班の班長は、当たり前だが川島という名前だ。
そう、さっき寝ぼけてオレの部屋に飛び込んできたあの子だ。
彼女から電話が掛かって来たのは、掲示板を見てから数日後のことだった。
「で、そしたら他の2人のメンバーが『どうしても現地集合がいい』って言うんだよねぇ。
あ、船のチケットは学生課に行けばもらえるから。
えーっと、多分31日の夜までに着いていればいいんじゃないかなぁ?
そういうことだから、よろしくね」
そういう訳で、昨夜の10時過ぎくらいに、オレが住んでいる場所から200kmも離れた絶海の孤島に無事到着したのであった。
やがてリビングのドアがゆっくりと開いた。
入って来たのは、オレが名前をまだ聞いていない子だった。
「おはよう」とオレは明るく言った。
彼女はオレの言葉を完全に無視して、スタスタとキッチンの奥へ消えて行った。
オレは彼女をキッチンまで追いかけて、再度「おはよう」と声を掛けた。
無言のまま、彼女は蛇口をひねってコップに水を注いで、一気に飲み干した。
- 3回目の『おはよう』を告げる
- 別の言葉を投げかける
「おはよう」
けれど、彼女の視線はオレの方に向いていない。
「オレ、何か怒らせるようなこと、したかな?」
「どうして?」
「ただ、何となく避けられているような気がしたから」
彼女は答えないばかりか、身動きひとつしなかった。
「ゴメン」とオレが言うと、
「私、違うから・・・」
そう言って、オレの脇をすり抜け、彼女はリビングに戻って行った。
さっきまでオレが座っていたソファに、彼女はちょこんと座っている。
そうこうしているうちに、奴が眠そうな目をこすりながらリビングに現れた。
噂の絶えない男
「やあ!」
彼は部屋の中央に立ち尽くしていたオレの顔を一瞥すると、続いてその視線をあの無口な女の子の方へ流した。
「あれぇ、ひょっとして、お邪魔だったかな?」
しかし、やはり彼女は答えない。
大アクビをしながら彼は、ゆっくりとソファへ歩み寄り、そこに深く腰を下ろした。無口な女の子と50cmほどの距離を保っている。
飯田億彦。うちの大学の学生なら、一度はこの名前を聞いたことがあるはずだ。また学外の人間でも『飯田財閥の御曹司』と聞けば、おそらくピンと来るんじゃないだろうか?
飯田一族は国家級のブルジョアである。億彦は、その一族のトップとなることを既に約束された人物だ。
昨日の晩、オレは初めて億彦と出会ったのだ。
- 昨日の晩のことを思い出す
- 億彦に話しかける
ここに到着したのは夜の10時を少し回った頃だった。
月明かりに照らされたロッジは、オレが想像していたものより遥かに大きく、そして美しかった。
大学関係者の接待だとか何だとかに利用する為のものらしいな、と思いながらオレは玄関のドアを開けた。
部屋には膝を抱えてポツンと座っている女の子。ダイニングテーブルに頬杖をつき、どこか遠くを見ている女の子。ソファにふんぞり返り、ワイングラスをクルクル回している男。
誰一人言葉を発する者はなかった。全くの無音・・・
やがて丸テーブルの女の子がオレに気づき、「お疲れ様~」と声を掛けて来た。
「え~っと、石原誠くんだったよね?」
「ああ」
「どうも初めまして。私は川島優夏。なぜか知らないけど、気が付いたら班長という厄介な役職に任命されてた。別に成績優秀でもなければ、素行が良いわけでもないのにね。
まあ、とにかくよろしくね」
「ああ、こちらこそ」
膝を抱えた女の子は、床を見つめながら微動だにしない。
一方、男は、片手に持ったグラスを掲げ、電球に光に透かしながらワインの色を確かめながら言った。
「飯田億彦って聞いたことないかい?」
「あの飯田財閥の?」
「そういう言い方は、あまり好きじゃないんだけどね。
そう、僕がその飯田億彦だ。よろしくな」
「よろしく・・・」
それからオレたちはほとんど言葉を交わすこともなく、それぞれの寝床についた。
アイツが絶対確信犯!?
「なあ」と、オレは億彦に声を掛けた。
「うん?」
「ゼミ合宿とかいうやつって、結局何を目的として実施されてるんだろう?」
「石原、掲示板見なかったのかい?『各班員の親睦を兼ねた』ってそう書かれてたじゃないか。つまり、これていった目的なんかないってことだよ。
みんなが親しく、仲睦まじくやってれば、それで万事OKなのさ」
「それにしちゃ7泊8日なんて長すぎると思うけどな?」
「僕は悪くないと思うよ、こういうの。
ねぇ、遥ちゃんだって、そう思うだろ?」
遥!あの子の名前はそうなのか。
「この匂い、好きじゃない」
「え?」
遥がじっと見つめていたのは、テーブルの上にあるさっきオレがどけたアルミ製の灰皿だった。
「そっか、遥ちゃんはタバコの臭いが嫌いなんだね?」
こくりと頷く遥。
「火はとっくに消えている筈だけど?」
「石原、タバコの臭いってのは、そう簡単にはなくならないもんだよ?吸わない人ならすぐに気づく。
もう少し気を使ってもらわなくちゃ困るなあ」
「だから、オレじゃないって!」
「しらばっくれても無駄だよ。
今朝、この部屋に一番最初にやって来たのは誰なんだい?」
「それはオレだけど、オレが来たときには既にあったんだよ、ソファの上に・・・」
「信じてあげてもいいけど、その代わり、今日からこのロッジ内は禁煙ってことにするから。それだけは守ってくれよな?」
その時、遥が静かに立ち上がり、灰皿を手にし、キッチンの方に向かって歩き出した。
「おはよう」
リビングに入って来た優夏は、さっきの優夏とは別人のように見えた。
「おはよう」
「やあ」
オレと億彦は挨拶を返すが、遥は何の反応も示さなかった。
灰皿を片付けた遥は、キッチンの前のダイニングチェアにひっそりと腰を下ろしている。
「みんな、朝ゴハンは?」と優夏が聞いた。
「まだだけど」とオレが答えると、
「じゃ私が、腕によりをかけて作ってあげちゃおっかな」
「え!」
「何かご不満でも?」
- 優夏、料理作れるの?
- いや、そうじゃなくて、材料が・・・
「そういうわけじゃないけど・・・」
「じゃあ、問題ないよね」
「ああ。何か手伝おうか?」
「いいよいいよ、誠はテレビでも見て待っていて。多分15分くらいでできると思う。パンで大丈夫だよね?」
億彦が頷いたので、オレもそれに倣う。
「遥もパンでいい?」
遥は、テーブルの表面に向かってコクリと頭を下げた。
優夏がキッチンの方へ進んでいった。
その時、オレはあることを思い出して、とっさに優夏を呼び止めた。
「ちょっと聞きたいんだけど、優夏ってタバコ吸う?」
「吸う訳ないでしょ。この初々しい肌を見れば、一目瞭然じゃない」
青空よ!サヨナラ
優夏がキッチンに向かってから、既に1時間以上経っている。
待っている間に、オレ達3人は顔を洗い、服を着替えた。
そして、今オレ達は、部屋の隅に置かれたテレビを見ている。番組は健康もので、もちろん見たくて見ているわけじゃない。
ここでは島のローカル放送(2局)しか映らないらしいのだ。もう一方の局は、短いドキュメンタリー番組を放送していた。
「お待たせしました~」
ようやくキッチンから優夏が顔を出した。
「食事はもうテーブルの方に運んじゃってあるから、皆さん、そっちに移動してくださ~い」
それを聞いて、遥がいの一番に腰を上げた。
テーブルに着いたオレたち3人は目を丸くした。
テーブル中央の大皿には、不思議な物体が山盛りになって積まれていた。不思議な物体は、色力検査に使うカードの如く複雑怪奇なマダラ模様をしており、その形状はネチャネチャと粘性を帯びたゼリー状をしていた。
片やトーストの方は、シンプルに黒の単色にまとめられていた。いわゆる炭だ。
「どうぞ、召し上がれ~」
優夏はそう言って、炭の上に不思議な物体を乗せて、それを頬張り始めた。
しばらくして、「みんな、どうしたの?」と小首をかしげながら優夏が聞いてきた。
「ゴメンよ、僕、ちょっと胃の調子が悪くて・・・」
「私、おなか、空いてない」
そう言って、億彦と遥は席を立った。
「えー!せっかく作ったのにー!
誠は、おなか空いてるよね?」
- う、うん・・・
- う、ううん・・・
オレと優夏は、不思議な物体全てとそれぞれ2枚ずつ(億彦と遥の残した分を合わせて)の炭を平らげた。
優夏は、幸せそうに鼻歌を歌いながら、キッチンで食器を洗っている。
胸はムカムカするし、喉元まで何かが込み上げてきているのがわかる。
その直後、玄関のチャイムが鳴った。
班員は4名。ここにいるオレたち以外に来客の予定はないはずだが?
遥は洗面台で歯を磨いているようだ。
「おい、石原。君が出てくれよ。僕らは今、手が離せないんだ」
億彦の声がキッチンの方から聞こえて来た。どうやら彼は優夏の後片付けの手伝いをしているらしい。
オレは、老人のようにふらつきながら、ヨロヨロと玄関に向かった。
「はい、今開けます」
「毎度ありがとうございます!」
そこに立っていたのは、まだあどけなさの残る少女だった。多分、中学生だろう。
「ご注文のシーフードピザ、お届けに参りました」
「そんなもん、頼んでないけど」
伝票を確認しながら、少女は言った。
「でも、伝票には確かにシーフードピザって書いてあるよ」
「だから、何も注文なんかしていないって」
再び、少女は伝票を確認して、「住所は確かにここなんだもん」と言いながら、オレに伝票を見せた。
オレはもちろんここの住所を覚えていないので、キッチンの方を振り向いた。
「なあ、優夏、ピザって頼んだ?」
「私が頼むわけないでしょ」
「億彦は?」
手を振ってNOを示す。
「お~い、遥!」
歯ブラシを加えた遥が洗面所から、顔を出して、首を振った。
「それじゃあ誰か、ここの住所を知らないかな?」
「表札に書いてあるんじゃないの?玄関の脇にかかっている」と優夏が言ったので、さっそくオレは表札を調べた。
「さっきの伝票、もう1回見せてもらえるかな?」
「ピザ、冷めちゃうよ」
そう言って、少女は伝票を差し出した。
表札には3丁目8番地1号と書いてあり、伝票にも3-8-1と書いてあるように見える。
「?これ、1じゃなくて7の間違いじゃないか?」
「3-8-7?じゃあ、ここは朝倉さんのお宅じゃ・・・」
「ここには朝倉という人は・・・」
「ちょっと待ったぁ」と億彦が割って入ってきた。
「どうもご苦労様、僕が朝倉億彦です。で、ピザは?」
慌てたように少女は銀色のバッグから、正方形の薄い箱を取り出した。
「こちらがご注文の品になります」
億彦はうやうやしく箱を受け取り、「いくらだっけ?」と尋ねた。
「1200円です」
億彦がポケットから代金を取り出し、それを少女に手渡した。
「ありがとうございました!」
深々と一礼して、元気よく走り去って行った。
「それってどういうことなのよぉ」
優夏がふくれるのも無理はない。
「胃の調子が悪かったんじゃなかったの?」
「いつの間にか、治ったみたいだ」
そう言いながら、億彦はピザに手を伸ばす。
「さっき、おなか空いてないって言わなかった?」
「さっきまでは」
遥もピザをかじっている。
- オレは遥をフォローすることにした
- オレは優夏をフォローすることにした
優夏はふむふむと頷いているが、遥はそんなオレの言葉など意に介した様子もなく、次のピザに手を伸ばしている。
優夏はあきれ顔のまま、すとんとソファに腰を下ろした。
いつの間にか、オレの胸のむかつきは消えていた。
キワドイ選択
「4月1日日曜日、お昼のニュースです」
つけっぱなしにしていたテレビから、アナウンサーの声が聞こえて来た。
と、同時に鳩の鳴き声。
海を臨む大きなガラス窓の右上に、それはいた。
「いつぶりだろう、鳩時計なんて見たの」
「今気づいたの?私も昨日、気づいた時には驚いたけど、なんか懐かしいなぁ」と、優夏が言った。
「今でも覚えているけど、私が最後に鳩時計を見たのは中学の頃だった。これよりももうちょっと大き目なやつで、窓が二つ付いているの。もちろん、鳩は2羽いて、私、その2羽の鳩はきっと番だろうと思ってた」
「・・・続きは?」
「いや、ただそれだけなんだけどね」
オレは、この話の先には壮大な物語があるような気がした。それは優夏の瞳を見れば明らかだった。
「ねぇ、そろそろ行かない?」
そう言って、億彦が立ち上がった。
「そうだね。こんなとこ閉じこもっても、時間がもったいないし」
「どこに?」
「テ・ニ・ス。さぁ、みなさん、支度してくださ~い!」と優夏が言った。
「この合宿はゼミ合宿なんだろ?」と、テニスコートに向かう途中、オレは優夏に疑問をぶつけてみた。
「だから?」
「ゼミと冠が付いている以上、サークルとか部活とか、そういったのとは異なった主旨で実施されてるわけなんだろ?なのに、しょっぱなからテニスでいいのか?」
「ぜ~んぜん、問題なし」
「そもそもゼミ合宿とかいうやつって、一体何なんだよ?」
「だからゼミの合宿だよ」
- 「答えになっていない」と言う
- 「ゼミって何?」
「億彦は、『最初っから目的はない。あるとすれば班員の親睦を深めることが唯一の目的だ』みたいなことを言っていたけど?」
「おしいけど、ちょっと違うかな」
「どう違うんだよ?」
「それはまだ言えないの。だって命令なんだもん。教授じきじき御達しなの。『合宿日最終日まで、その主旨は教えてはならない』ってね」
「なんで?」
「もう、そんなにしつこく聞かないの!
優夏先生の恋愛方程式その1
『しつこい男は嫌われる』
よく覚えておきなさい」
そう言って、優夏は優しく微笑んだ。
テニスコートはロッジから徒歩5分ほどの距離にあった。
優夏はコートの管理人から借りた4本のラケットをオレたち3人に手渡した。
「私・・・いい・・・」
遥は、今もらったばかりのラケットを、そっとベンチに立てかけた。
「ええ!」
「遥ちゃん、やらないの?」
優夏より明らかに億彦の方が動揺していた。
「うん」
「でも、見てるだけじゃ、つまらないよ?」
「見てない。私、海が見たいから」
「海に行きたいの?」
遥は小さく頷いた。
「じゃ、僕も行こうかな。
せっかく海の側に来たんじゃないか。まずは海を見たいと思うのは、当然の欲求だよ。
それに、テニスだったらいつでもできるしね」
「ちょっと残念だけど、でもしょうがないね。
じゃあ、私たちはここにいるから」
- オレも海に行きたい
- 優夏と一緒にテニスをする
「ちゃんと夕方までには帰って来てよ」と、二人の後ろ姿に向かった優夏が声を掛けると、億彦が片手を上げて答えた。
「じゃあ、私、着替えてくるから。だから、誠はここで待ってて」
そう言って、優夏は管理人事務所の隣の更衣室へ向かって駆けて行った。
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